高齢者の法律問題

 Question4
 Aさんは、一人暮らしの高齢者ですが、胃ろうや気管切開等の延命処置をしてほしくないという希望をもっています。将来、Aさんの認知症が進行したときや、Aさんが突然意識を失って病院に搬送されたときに、どのようにしてAさんの希望を伝えればいいでしょうか。

 Answer 

(1)医的侵襲行為と患者の同意

 胃ろうや気管切開は、その性質上、患者の身体への侵襲を伴います。これらは、「医的侵襲行為」といって、形式的には傷害罪(刑法204条)を構成する行為であるものの、「患者の同意」があることによって、違法性のない、正当な医療行為と評価されています。
 したがって、「患者の同意」がなければ、医師といえども、原則として胃ろうや気管切開を実施することはできません。

(2)救急医療の問題

 ところが、実際の医療の現場では、はっきりと意思表示ができない患者もたくさん存在します。とくに、救急搬送のように、緊急の処置が必要なケースほど、個別の意思表示は困難となりがちです。重度認知症患者のように、意思能力(同意能力)が著しく不十分な場合も、同じ問題を生じます。
 こうした場合は、同意能力ある患者本人の反対の意思が明らかでない限り、医師は、救命を優先すべきと考えられており、法的にも、こうした医師の行為は、「緊急避難」(民法720条2項、刑法37条1項)として正当化されるものとされています。

(3)リビング・ウィル

 それでは、Aさんは、将来又は緊急時において、どのような方法で反対の意思表示をすることができるでしょうか。1つの方法として、意思能力が十分なうちから、治療に対するAさんの意思を文書にして表明しておくことが考えられます(いわゆる「リビング・ウィル」)。
 2014年6月現在、リビング・ウィルの効力を定めた法律はありません。しかし、医師の治療中止行為について、「事前の文書による意思表示(リビング・ウィル等)あるいは口頭による意思表示は、患者の推定的意思を認定する有力な証拠となる」とした裁判例があり(横浜地判平成7年3月28日判例時報1530号28頁)、リビング・ウィルにも、患者の意思を推定する証拠として一定の価値が認められています。
 
ただし、注意が必要なのは、あくまでも、医師にとっては患者の現在の意思が重要であり、患者の過去の意思であるリビング・ウィルは、それを推定するための有力な証拠であるに過ぎないという点です。そのため、延命処置に反対するリビング・ウィルが存在していても、作成された時期や経緯、内容の具体性、平素の言動から、治療に反対する意思が明らかとまでいえないときは、医師としては、治療を実施せざるを得ない場合があるということも、理解しておきましょう。

(4)具体的な方法

 リビング・ウィルを作成する具体的な方法としては、紛失や偽造のうたがいを避けるため、公証役場で公正証書を作成してもらい、役場に正本を保管してもらうことをお勧めします(当日、「謄本」が交付されます。)。内容の具体性が問題とならないよう、専門家の助言を受けて作成し、定期的に内容を見直すことが大切です(公証人の手数料が必要)。
 また、別の方法として、一般社団法人日本尊厳死協会に入会することも考えられます。入会すると、「会員証」と「尊厳死の宣言書」のコピーが交付され、宣言書の原本は、協会に保管されます(年会費又は終身会費が必要)。

回答者 : 馬 場   陽  

(愛知県弁護士会所属)

2014.6.18作成

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