美容師の競業避止義務違反が否定された事例―東京地裁令和5年6月15日判決(判例タイムズ1527号229頁)


弁護士 馬場 陽[1]


(事案の概要)

 Xは、美容室を営む株式会社であり、平成22年4月、美容師であるYとの間で雇用契約を締結しました。この時点で、Yが退職した後の競業避止義務は定められていませんでした。
 Yは、令和元年9月7日、X代表者の意向で設立された合同会社Bとの間で、契約期間を平成31年4月1日からとし、業務内容を〈1〉カウンセリングセールス、〈2〉クリンネス業務、〈3〉開店準備業務、〈4〉顧客管理業務、〈5〉広告宣伝業務、〈6〉材料等発注業務及び在庫管理業務、〈7〉これらの業務に付随する一切の業務とする、期間の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」といいます)を締結しています。
 XとYは、令和元年10月3日、XがYに美容師業務を委託する内容の所属アーティスト契約(以下「本件アーティスト契約」といいます)を締結しています。本件アーティスト契約の期間は平成31年4月1日から2年間とされ、自動更新とする旨が定められていました。また、本件アーティスト契約には、「Yは、契約期間中及び契約終了後2年間は、Xの本社及び営業所の所在地から半径5キロメートル以内において、原告の許可なく、同業他社に就職し、同業他社からの業務を受託し、又は同業を開業してはならないこと」と定められ(以下、「本件約定」といいます)、Yが本件約定に違反した場合には、Yは、Xに対し、300万円の違約金を支払うことが定められていました。
 Yは、令和元年11月頃、X代表者に対し、本件アーティスト契約を終了させて本件店舗を辞めたい旨を告げていましたが、X代表者は、人手不足等を理由にこれを認めませんでした。本件アーティスト契約は、令和2年12月31日をもって合意により終了しました。
 Yは、令和3年1月6日頃から、東京都内の「F」という店舗で、美容師として稼働しました。同店舗は、Xの本社から半径5キロメートル以内に所在することが認定されています。
 そこで、Xは、Yに対し、競業避止義務違反を理由として違約金300万円の支払いを求めました。

(判決の要旨)


 裁判所は、まず、Xが平成31年3月31日以前から本件店舗の美容師と雇用契約を締結していたが、美容師を社会保険に加入させておらず、時間外手当を支払っていなかったことを認定しています。そして、平成31年3月18日、本件店舗で働いていた美容師全員を対象として行われたXの説明会(以下「本件説明会」といいます)において、Xから委託を受けた株式会社A社の担当者が、参加した美容師8名に対し、「現在の雇用契約のまま社会保険に加入することとなると、実際に受け取る給料の額が減ることになるが、今回同社が考案した契約スキームを利用すれば、社会保険料の控除額を減額することができ、手取り額を増やすことができること等を説明した」と認定しています。また、当時本件店舗で働いていた美容師9名のうち、平成31年3月31日以前の雇用契約を継続した者は1人もおらず、Xとの間で本件アーティスト契約と同様の契約を締結したか、またはXを退職したかのいずれかであったこと、遅くとも令和5年3月16日までの間に、この9名の美容師は全員本件店舗を辞めていることも認定されています。裁判所は、以上の認定事実を踏まえて、以下のように判断しました。
 「……本件アーティスト契約においては、本件約定による競業避止義務が設けられているところ、原告と被告との間の当初の雇用契約においては、被告にそのような義務は課されておらず、被告が本件店舗で勤務するようになって9年以上が経過した時点で、原告から本件アーティスト契約締結の申入れがあり、被告がこれに応じたものである(……)。一般に、雇用契約においては、使用者と労働者の地位が必ずしも対等とはいえないことから、労働基準法その他の法律によって使用者の契約自由の原則に対する種々の制約が設けられている等に照らせば、本件約定の有効性を検討するに当たっても、前記認定の事実関係を踏まえ、従前の雇用契約において労働者であった被告が契約変更を余儀なくされ、不当に競業避止義務を課されることとなっていないか否か、競業避止義務の代替措置が十分に執られているか否かを検討する必要があるものと考えられる。
 以下では、このような観点から、本件約定の有効性について判断する。
 まず、前提事実……のとおり、本件雇用契約においては、契約締結日が令和元年9月7日であるにもかかわらず、契約期間の始期がそれ以前の平成31年4月1日となっており、本件アーティスト契約においても、契約締結日は令和元年10月3日であるにもかかわらず、契約期間の始期はそれ以前の平成31年4月1日からとなっているものであり(……)、これらの事実は、原告代表者が従前から本件店舗で働いていた美容師に対して有無を言わせないという態度をとっており、また、アーティスト契約についても、本件店舗で引き続き働くためにはその締結が必須であり、その例外は認めないという態度をとっていたことを窺わせるものといえる。
 また、……原告においては、従前は本件店舗で働いていた美容師を社会保険に加入させておらず、かつ、時間外労働手当を支払っていなかったところ……原告が従前の雇用契約から本件契約スキームの採用を決断するに至ったのは、このような違法状態を解消することが主たる目的であったものと認められる。このように、原告が本件契約スキームを採用することになった経緯等に照らしても、被告を含め、本件店舗で働いていた美容師において、アーティスト契約を締結するか、従前の雇用契約を維持するかの選択権が実質的に保障されていたとは考え難い。
 これらの事実に加えて、本件雇用契約及び本件アーティスト契約のいずれにおいても、その契約期間の始期は本件説明会が開催された日の二週間後とされており、十分な検討期間が保障されていたとはおよそ言えないこと……、本件説明会が実施された当時本件店舗で働いていた美容師9名の中で、平成31年3月31日以前の雇用契約をその後も継続した者はおらず、かつ、前記美容師9名は本件訴訟において本人尋問が実施されるまでの間に全員が本件店舗を辞めていること(……)、被告は、令和元年11月頃には、原告代表者に対し、本件店舗を辞めたい旨を告げていたのに、原告代表者の意向により、被告の退職時期が令和2年12月末日までずれ込んでいること(……)も併せ考慮すれば、原告代表者は、被告を含む前記美容師9名に対し、本件店舗で引き続き働くためにはアーティスト契約(業務委託契約)への移行が必須であり、その例外は認めないという強い態度をとっており、このため、前記美容師9名には、事実上、原告が提示するアーティスト契約を受け容れるか、本件店舗を辞めるかの選択肢しか用意されておらず、従前の雇用契約を維持するという選択肢は認められていなかったことが強く推認される。
 以上の認定事実(本件アーティスト契約が締結されるに至った経緯等)に加えて、本件約定に基づく競業避止義務がその期間及び場所的範囲に照らし相当程度重い内容のものになっていること(……)を併せ考慮すれば、これに伴う代替措置の内容及びその程度を検討するまでもなく、本件約定は、公序良俗に反し無効である……」。

(解説)


 本件では、雇用契約から業務委託契約に切り替える際に新たに設けられた競業禁止特約の効力が争われました。本件で無効とされた競業禁止特約の内容は、「契約期間中及び契約終了後2年間は、Xの本社及び営業所の所在地から半径5キロメートル以内において、原告の許可なく、同業他社に就職し、同業他社からの業務を受託し、又は同業を開業してはならない」というものであり、Yが競業禁止義務を負う範囲について、時間的・場所的な限定が設けられていました。
 本判決は、「一般に、雇用契約においては、使用者と労働者の地位が必ずしも対等とはいえないことから」、「本件約定の有効性を検討するに当たっても」、(1)「従前の雇用契約において労働者であった被告が契約変更を余儀なくされ、不当に競業避止義務を課されることとなっていないか否か」、(2)「競業避止義務の代替措置が十分に執られているか否かを検討する必要がある」としています。
 (1)について、本判決は、X・Y間の雇用契約が業務委託契約に切り替えられた経緯を詳細に認定し、「本件店舗で働いていた美容師において、アーティスト契約を締結するか、従前の雇用契約を維持するかの選択権が実質的に保障されていたとは考え難い」ことを述べ、Yにとっても「従前の雇用契約を維持するという選択肢は認められていなかったことが強く推認される」としています。
 本判決は、上記に加えて、「本件約定に基づく競業避止義務がその期間及び場所的範囲に照らし相当程度重い内容のものになっている」ことを指摘し、(2)について検討するまでもなく本件競業避止義務特約を公序良俗違反としています。競業避止義務の期間および場所的範囲については、①同一都道府県で1年間の競業避止義務を認めた裁判例(東京地裁令和7年3月26日判決・判例時報2634号49頁)、②同一都道府県内および退職時の勤務地から半径10km以内で1年間の競業避止義務を認めた裁判例(東京地判令和5年2月2日D1-Law)があります。それらの裁判例とのバランスを考えると、Xの本社および営業所から半径5キロメートルの範囲で2年間競業を禁止すること自体は(Xの営業所の数によっては)決して厳しいものであるとはいえないという評価もあり得たように思います。それにもかかわらず、本判決は、本件約定に基づく競業避止義務が「その期間及び場所的範囲に照らし相当程度重い内容のものになっている」と評価しています。300万円という高額な違約金を設定していたことが、公序良俗違反の判断の決め手になったのではないかと推測されます。
 美容師の競業避止義務違反による使用者の損害を6万円と認定した東京地裁令和7年3月26日判決・判例時報2634号49頁(前記①)と併せて、競業禁止特約の有効性を考える上で、参考になる事例であると思われます。


(2026年8月24日)


2026年8月24日の法令に基づく解説です。


[1] 大津町法律事務所(愛知県弁護士会所属)

2026/08/24 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 弁護士馬場陽

退職した美容師の競業避止義務違反を認め、6万円の賠償を命じた事例―東京地裁令和7年3月26日判決(判例時報2634号49頁)


弁護士 馬場 陽[*]

(事案の概要)

 Xは、東京都渋谷区で美容院Aを運営・管理していたほか、第三者の委託を受けて、渋谷区内で美容院Bを運営・管理していました。Y1は、令和2年4月1日から令和4年3月31日までXに勤務した美容師であり、主にAで美容師として勤務していましたが、Bの応援に行くこともあったと認定されています。

 Y2は、令和2年4月1日から令和4年3月31日まで、Xの委託を受けてBで美容師として勤務しつつBの運営・管理を行っていましたが、同年4月1日からはBの代表兼ディレクターとしてBを運営・管理していました。

 Xの就業規則には、「退職後は原則として1年以内に、本店の所在する都道府県内において、同業他社へ就職、役員の就任ならびに同業の自営を行わないように心がけなければなりません。」「会社は、退職する社員と、退職後において同業退社への就職、役員の就任ならびに同業の自営をおこなわない旨の合意を締結する場合があります。」と記載されていました。

 Y1は、就職直後である令和2年4月9日、Xに対し、「退職後原則として1年間は、本店や支店が所在する都道府県内において、貴社と競業関係に立つ他社への転職、役員への就任、及び事業を自ら開業または設立する行為を行いません」と記載された誓約書を提出しており、退職直前である令和4年3月26日ころにも、ほとんど同一文言の条項が含まれる退職時合意書に署名しています。

 Y1は、Xを退職した翌日である令和4年4月1日からBで美容師として勤務しました。

 そこで、Xは、Y1に対し、競業禁止義務違反による損害賠償として788万5031円、Y2に対し、業務委託契約上の義務違反(引き抜き)による損害賠償として2408万6646円を請求しました(遅延損害金の請求については省略します)。

(判決の要旨)

 裁判所は、以下のように述べて、Y1に対する請求の一部を認容しました。なお、Xの損害は6万円と認定されています。

 「美容師が退職時に原告の顧客情報等を使用して顧客を転職先の店舗に移すことによって原告の利益が害されることを防ぐためには、近接する場所での競業を禁止するのは合理的な方法であるといえる。また、前記の競業避止義務の範囲は、退職後1年間、東京都内(原告に支店があるとは認められない。)に限定されているから、退職後に美容師として就労することができなくなるわけではなく、前記の目的に照らして合理的なものといえる。そうすると、代償措置がないことを考慮しても、被告Y1の退職後の競業避止義務に関する各規定が公序良俗に反するとはいえない」。「……競業避止義務を適用しないことが業界の商慣習となっていたとは認められない。また、被告Y1は退職直後に原告店舗と極めて近接した場所にある美容院で勤務を始めているのであって、これは原告が特に禁止しようとした競業の態様であるといえるから、原告が他の退職した美容師らに対しては競業避止義務違反を主張していないからといって、被告Y1を狙い撃ちしたとはいえない。したがって、原告が被告Y1の競業避止義務違反を主張することが信義則に反するとはいえない」。

 「……被告Y1は、令和4年3月31日に原告を退職した後、同年4月からBで美容師として勤務している。そして、原告店舗とBは、極めて近接した場所にある美容院であり、両者は競業関係にあると認められる」。

 「……退職した美容師を指名していた顧客は、必ずしも当該店舗に通い続けるわけではなく、その美容師が業をしていなくても他の店舗に行くことも多いと考えられるから、逸失利益の検討に当たっては、このことを考慮する必要がある」。

 「…令和4年3月に原告店舗で被告Y1を指名した顧客(新規を除く。)が135人であり、そのうち131人がその後は原告店舗に来店していないこと(再来失客率は97%であること)が認められる。他方で、証拠く略>によれば、原告を退職して競業をしていない美容師3名の再来失客率は、それぞれ、88.2%(再来客数34人、再来失客数30人)、66.7%(再来客数30人、再来客数20人)、60%(来客数5人、再来失客数3人)であると認められ、このことからすれば、原告店舗の美容師が退職した場合には、競業をしていなくても、概ね90%の顧客が原告店舗に来店しなくなることもあり得るものと認められる。そうすると、被告Y1が競業をしたために原告店舗に来店しなくなった顧客の数は約10人(=135人✕(97%-90%)であると認められる)。

 「……令和4年3月に原告店舗で被告Y1を指名した顧客一人当たりの売上は6586円であると認められる。これに対応する支出として売上の約1割(支出に関する証拠はないが、美容院においては店舗の営業に係る固定費が多いと考えられるから、顧客の減少により免れた支出を売上の約1割と認める。)を控除すると、顧客一人当たりの単価は6000円となる」。

  「……以上のことからすれば、顧客の減少による逸失利益は、6万円(=6000円✕10人)であると認められる」。

 なお、Y2に対する請求については、Y2が引抜行為をした事実が認められないとして、請求が棄却されています。

(解説)

 退職者の競業を禁止する合意の効力については、それが退職者の職業選択の自由にもかかわることから、制限的に解するのが裁判例の傾向であるといえます。本判決は、Y1が負う競業避止義務の範囲が「退職後1年間、東京都内」に限定されていることから、顧客流出の防止という目的に照らして合理的であり、代償措置を講じなくとも公序良俗に反するとはいえないと判断しています。

 最近の事例として、①学習塾の元従業員の営業行為について、同一都道府県内及び退職時の勤務地から半径10km以内の場所において退職の日から1年間、会社と同種の営業に従事することを禁止する旨の就業規則の規定を根拠として差止めを認めた判決があります(東京地判令和5年2月2日D1-Law)。そこでは、退職後の競業避止義務が課されても不合理とはいえない程度の高待遇が認められるのであれば、明示された代償措置がないとしても一定の代償を得ているものと評価することができると述べられています。一方、②システムエンジニア派遣・紹介会社の元従業員が、「退職後1年間にわたり、貴社と取引、及び競合関係にある事業者、貴社のお客先に関係ある事業者に就職する場合に、3か月分給与(最後の3カ月の平均額を月額の基準とする)の賠償金を賠償することを誓約いたします。」と記載された退職時秘密保持誓約書を提出していた事案で、裁判所は、元従業員の競業避止義務を否定しています(東京地判令和4年5月13日労働判例1278号20頁)。そこでは、「原告の本件合意書により達しようとする目的は明らかではないことに比して、被告が禁じられる転職等の範囲は広範であり、その代償措置も講じられていないことからすると、競業禁止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、本件合意書に基づく合意は、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合に当たるものとして公序良俗に反し、無効であるといわざるを得ない。」とされています。

 本件は、Y1が競業避止義務を負う地理的範囲が明確に限定されていたという点で、上記①に近い事案であったということができます。加えて、本件で、Y1は、退職に当たり、改めて競業避止義務を定める合意書に署名しており、この点でも競業避止義務を肯定することに傾きやすい事案であったといえます。さらに、本判決は、退職後1年間、東京都内での競業を禁止する旨の合意を有効としていますが、競業店舗BがXの店舗Aと同じ渋谷区内にあり、「極めて近接した場所」にあったということも認定されていることから、実際の適用に当たっては、この点が積極に作用したことが考えられます。

 本判決は、競業避止義務違反による損害について、Y1の退職月にY1を指名した顧客の人数が135名であり、このうち、Y1の退職後Aに再来店しなかった顧客の数が131名であること(再来失客率が97%であること)を認定した上で、美容師が退職した場合の再来失客率が競業の有無にかかわらず相当高率であることを踏まえ、競業の有無にかかわらず90%の顧客は再来店しないことがあり得るとして、残り7%(約10名分)に単価(6000円)をかけた6万円をY1の競業によるXの損害としました。

 競業避止義務違反による損害の具体的算定例として、実務上参考になるものと思われます。

(2026年8月23日)

2026年8月23日現在の法令に基づく解説です。


[*] 大津町法律事務所(愛知県弁護士会所属)

2026/08/23 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 弁護士馬場陽

アフターサービスの変更について記載されていなかったことから、特定商取引法42条2項の書面の交付があったとはいえないとしてエステティックサービス契約のクーリング・オフが認められた事例―大阪地裁令和7年3月26日判決(判例タイムズ1545号231頁)

弁護士 馬場 陽[*]


(事案の概要)

 対象消費者は、エステティック事業者であるYとの間で、光脱毛の施術を内容とするエステティックサービス契約(以下「本件エステ契約」といいます)を締結し、Yに代金を支払っていました。本件エステ契約における光脱毛は、医療行為ではなく、医療脱毛に比して一施術当たりの効果が薄弱であるとされています。

Yと対象消費者の間の約定により、対象消費者は、Yから次のサービスを受けることができる、とされていました。

① 施術の箇所、回数、期間が定められ、1か所当たり1回の施術を単価として代金が定められた有償の脱毛コース(以下「本件有償コース」といいます)

② 有償コース終了後のアフターサービス(以下「本件アフターサービス」といいます)

 本件エステ契約の契約書によれば、①は有料(数十万円)、②は無料で、利用者は最終利用日から1年(妊娠等の事情がある場合は2年)を経過しない限り、無制限で②のアフターサービスを受けられることが記載されていました。

 Yは、対象消費者に、契約書、契約書約款、事前内容説明書兼同意書の各書面を交付していましたが、これらの書面には、②のアフターサービスの具体的な内容やその変更可能性についての記載はありませんでした。

 ②のアフターサービスは、当初、Yの従業員が①の有償コースと同様に光脱毛の施術を行うというものでしたが、Yは、令和3年10月15日、②のアフターサービスの内容を、Yの店舗において光脱毛の機器を貸与し、利用者自らが施術を行うという内容に変更し、対象消費者に通知しました。

 対象消費者は、Yに対し、令和5年8月29日、特定商取引法48条1項に基づき本件エステ契約を解除するとの意思表示をし(クーリング・オフ)、同年9月27日、不実告知を理由として特定商取引法49条の2第1項に基づき本件エステ契約の申込みの意思表示を取り消す旨の意思表示をしました。

 内閣総理大臣から認定を受けた特定適格消費者団体であるXは、Yが対象消費者に対して不当利得返還義務を負うことの確認を求める訴訟を提起しました。

 本件の争点はいくつかありましたが、Yは、本件エステ契約の解除(クーリング・オフ)に関し、本件アフターサービスは契約終了後のサービスであって本件エステ契約の内容を構成しないことを主張しました。


(裁判所の判断)

 裁判所は、以下のとおり述べて、Yの不当利得返還義務を認めました。

 「……本件対象消費者は、本件有償コースの施術期間が終了した後も、本件アフターサービスによって、本件有償コースの施術期間中と同一の施術を継続的に受け続けることができるから、本件アフターサービスは、それ自体社会通念上独立した経済的価値を有する役務であるといえる。

 ……本件エステ契約により施術される光脱毛は……医療脱毛に比して一施術当たりの効果が薄弱であるから、脱毛の効果を得るには長期間継続して施術を受ける必要がある。そうすると、本件対象消費者は、被告従業員による施術を長期間継続して受けられることを前提に、本件エステ契約の締結を検討するといえる。加えて、脱毛施術を自分で行うか他者が行うかは、施術可能な身体の範囲にも影響する問題であって、本件対象消費者にとって重大な関心事である。このような事情からすると、本件対象消費者は、期間及び回数無制限で、被告の従業員による施術が受けられるという本件アフターサービスの経済的価値を考慮した上で、本件エステ契約を締結したと判断される。

 ……本件エステ契約の契約書上、本件アフターサービスは無料とされている。しかし、本件有償コースの代金の多くは数十万円と高額であること、被告が本件アフターサービスを提供するに当たっては、本件有償コースと同様の経費が発生すると考えられることからすれば、本件エステ契約の代金は本件有償コースに対する対価のみならず、本件アフターサービスに対する対価をも含むと解されるから、本件アフターサービスは、本件有償コースと一体となって実質的に有償で継続的に提供される役務提供であるといえる。

 したがって、本件エステ契約は、本件有償コース及び本件アフターサービスによって構成されていると認められる」。

 「被告は、特定継続的役務提供契約である本件エステ契約を締結したときは、役務提供の形態又は方法について本件エステ契約の内容を明らかにする書面を本件対象消費者に交付しなければならない(特商法42条2項1号、同施行規則93条1項2号(令和5年2月1日号外内閣府・経済産業省令第2号による改正前は33条1項2号))」。前記のとおり、「本件エステ契約は、本件有償コース及び本件アフターサービスによって構成されているから、被告は、特商法42条2項に基づき本件対象消費者に交付する書面において、本件アフターサービスの提供の形態又は方法を明らかにする必要がある。

 ……被告は、本件エステ契約において、本件アフターサービスの提供の形態又は方法を変更する可能性がある場合は、その旨を同項に基づく書面に記載しなければならない」。

 「本件エステ契約は、本件対象消費者が一定の金額を支払えば、被告の従業員による脱毛施術を期間無制限で受け続けることができるという内容であり、本件アフターサービスの利用者が増加すれば、本件アフターサービスの提供が困難となり、ひいては本件アフターサービスの提供の形態又は方法を変更せざるを得なくなる可能性が当初からあったといえる。そうであるにもかかわらず……被告が本件エステ契約を締結したときに本件対象消費者へ交付した書面には、本件アフターサービスの形態又は方法が変更される可能性について記載がない。そうすると、本件対象消費者は、本件アフターサービスの形態又は方法の変更があり得ることを認識し得なかったというべきであり、適正な情報に基づいた自由な意思決定が確保されていたとはいえない。

 したがって、被告が、本件エステ契約締結時に、特商法42条2項に基づき本件対象消費者に交付した書面には、その記載に不備があったと認められる」。

 前記のとおり、Yが「本件エステ契約を締結したときに交付した書面には、対象消費者にとって重要な事項について記載に不備があったといえるから、本件対象消費者が特商法42条2項の書面を受領したとはいえない。

 したがって、本件エステ契約について、解除(クーリング・オフ)の期間の起算日が到来したとはいえない」。

「被告が本件アフターサービスの内容を変更した令和3年10月15日の時点で本件アフターサービスが終了しておらず、本件エステ契約が続いていた者は、特商法48条1項に基づき、本件アフターサービスを解除(クーリング・オフ)することができる」。


(解説)

 本件は、特定適格消費者団体であるXが、対象消費者と事業者Yの間で締結された本件エステ契約の解除(クーリング・オフ)を理由としてYの対象消費者に対する不当利得返還義務の確認を求めた訴訟です。Xは、不実告知を理由とする本件エステ契約の申込みの取消しも主張していましたが、クーリング・オフが認められたことから、取消しの成否については判断されていません。

 本件エステ契約は、消費者の財産的被害等の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律2条3号に定める消費者契約であり、エステティックサービスは、美容医療、語学教室、家庭教師、学習塾、パソコン教室、結婚相手紹介とともに特定商取引法41条1項に定める特定継続的役務に該当します(1号)。

 役務提供事業者は、特定継続的役務を提供する契約を締結しようとするときは、(契約締結前に)特定商取引法42条1項に定める事項を記載した書面を交付しなければならず、契約締結後、特定商取引法42条2項に定める事項を記載した書面を交付しなければならないこととされています。

 そして、特定商取引法48条1項は、「特定継続的役務提供受領者等は、第42条第2項又は第3項の書面を受領した日から起算して8日を経過したとき(……)を除き、書面又は電磁的記録によりその特定継続的役務提供等契約の解除を行うことができる」と規定し、契約書面の受領日をクーリング・オフ期間の起算日としています。

 そのため、契約締結後8日を経過している場合には、「特定商取引法42条2項に基づく書面の交付が(いつ)あったか」ということが、特定商取引法48条1項によるクーリング・オフの成否を左右することになります。

 本件で、Yは、契約締結時に契約書、契約書約款、事前内容説明書兼同意書の各書面を交付していましたが、裁判所は、これらを特定商取引法42条2項に基づく書面の交付に当たらないと判断しています。

 特定商取引法42条2項に基づく書面の交付があったというためには、「役務の内容であつて主務省令で定める事項」(1号)が記載されている書面を交付していなければなりません。この「主務省令で定める事項」は、「①役務の種類、②役務提供の形態又は方法、③役務を提供する時間数、回数その他の数量の総計、④施術を行う者、講師その他の役務を直接提供する者の資格、能力等に関して特約があるときは、その内容」と定められています(特定商取引法施行規則96条1項)。

 本判決は、本件アフターサービスが本件エステ契約の内容に含まれるという理解を前提に、「本件アフターサービスの提供の形態又は方法を変更する可能性がある場合は、その旨を同項に基づく書面に記載しなければならない」と述べています。そして、Yが交付した書面には、「本件アフターサービスの形態又は方法が変更される可能性について記載がない」ことから、本件において、特定商取引法42条2項に基づく書面の交付があったとはいえないとし、令和5年8月29日の時点でクーリング・オフ期間が満了していないと判断しました。こうして、対象消費者によるクーリング・オフが是認された結果、Yが対象消費者から受け取った対価の全額が不当利得となり、Yはこれを対象消費者に返還する義務を負う、と判断されています。

 本判決は、①本件アフターサービスの内容が消費者にとって重大な関心事であったこと、②「本件アフターサービスの提供の形態又は方法を変更せざるを得なくなる可能性が当初からあったといえる」ことを指摘しており、その意味で、特定の事実関係を前提とした事例判断であるといえます。しかし、その判示は、これまでの行政庁の解釈と同様の考え方を示したものであり[†]、実務上も参考になるものと思われます。


  • 2026年8月22日の法令に基づく解説です。

[*] 大津町法律事務所(愛知県弁護士会所属)

[†] 消費者庁ウェブサイト『特定商取引に関する法律の解説(逐条解説)』(令和7年6月1日時点版)参照。「(いわゆるアフターサービス)等社会通念上も無償で提供されることが通常である役務はともかく、社会通念上独立して経済的価値を有する役務であって役務の提供を受ける者も当該役務の提供について経済的価値を認識して(すなわち有償であると認識して)いる場合においては、実質的には当該取引全体として有償の役務提供がなされているものと考えられる」(291頁)。「役務提供の形態等の関係で、どの程度の回数の役務を提供するのか等について自らの責任において約束ができない場合には、例えば、「役務の提供回数については約束できない。」等を明確に記載する必要がある。」(299~300頁)等。

2026/08/22 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 弁護士馬場陽

フランチャイザーが行政庁から処分を受けたことがフランチャイズ契約の解除事由に該当しないとされた事例―東京地裁令和7年7月18日判決(判例時報2651号120頁)

弁護士 馬場 陽[*]


(事案の概要)

Xは、札幌市に本店を置き、介護保険法に基づく居宅介護事業、通所介護事業、フランチャイズ事業等を営む法人である。

Y1は、千葉県松戸市において障害グループホーム事業の実施を計画していた者であり、令和3年3月31日、Xをフランチャイザーとするフランチャイズ契約を締結した(以下「本件契約」という)。本件契約においてY1がXに支払う対価は、7か月目以降、月額16万5000円であった。

なお、本件契約には、以下の合意が含まれていた。

① X又はY1は、本件契約を継続し難い相当の事由が生じたときは、事前の催告を要せず、相手方に解除の告知をすることにより、本件契約の全部又は一部を直ちに終了させることができる。

② Y1は、本件契約期間中に本件契約を中途で解約することを望む場合、Y1が解約を希望する日の3か月前までに書面でⅩに通知し、かつ、違約金360万円を支払うことで解約できる。

Y2は、Y1のXに対する本件契約上の債務を極度額450万円の範囲で連帯保証した。

令和3年8月1日、千葉県知事は、Y1が営む千葉県松戸市の事務所を障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(以下「障害者総合支援法」という)に基づく指定事業者として指定した。

Xは、札幌市から、障害者総合支援法50条1項に基づき、㋐令和4年1月1日から同年6月30日まで6か月間の指定障害福祉サービス事業者の指定の一部効力停止処分(報酬支払額の3割減額)を受けるとともに、㋑同法8条1項、2項に基づき、不正に受領した訓練等給付費及びこれに対して100分の40を乗じて得た加算額の合計2931万9817円について、不正利得の徴収処分を受けた(以下「本件処分」という)。本件処分の理由は、Xが札幌市で営む障害者グループホームに関して行った下記(1)及び(2)の行為であった。

(1)平成30年5月以降、入居者39名に対し、個別支援契約の作成・見直しを適正に行わないままサービスを提供していたにもかかわらず、個別支援計画未作成減算をしないで訓練等給付費を不正に請求し、本来受領できない訓練等給付費を受領していた(障害者総合支援法50条1項5号、訓練費等給付の請求に関する不正)。

(2)実地指導が行われることを知り、当時作成していなかった利用者7名分の個別支援契約を日付を遡って作成し、あたかも適切に作成していたかのように装った。また、実地指導中に2度にわたり、個別支援計画を適切に作成していたという虚偽の報告をした(障害者総合支援法50条1項10号、障害福祉サービスに関する著しく不当な行為)。

Xは、令和3年12月20日、本件処分を公表し、Y1、Y2は、令和4年7月頃、本件処分を知った。令和4年8月、Xは、Y1に本件処分の事実及び経緯を説明した。

Y1は、令和5年3月8日、本件処分が前記①の解除事由に該当するとして本件契約の解除を通知した(同月10日到達)。

Xは、上記通知を前記②の中途解約の申込として扱い、令和5年6月10日に本件契約が終了したものとして、Y1に対し違約金および令和5年3月から6月分の対価の支払いを求め、Y2に対し保証債務の履行を請求した。


(判決の要旨)

「本件契約は、双方の信頼関係を基礎とする継続的契約関係であることに鑑みると、上記契約を継続し難い相当の事由とは、当事者の一方に、その義務に違反し信頼関係を破壊し、契約関係の継続を著しく困難ならしめるような行為があったことを指すと解される。そして、この場合の義務とは、必ずしも本件契約(特約含む。)の要素をなす義務の不履行のみに限らず、本件契約に基づいて信義則上当事者に要求される義務に反する行為も含まれるものと解される(最高裁昭和47年11月16日判決・民集26巻9号1603頁参照)」。

(Y1の営む)「本件事務所においては、……Xグループであることを明示する名称は施設につけておらず、Xグループに所属していることが入居者・入居希望者含めて第三者に対して明らかとはなっていない。なお、本件事務所には、緊急時の対応として本部連絡先として「X」と表示していたこともうかがわれるが、顧客に聞かれたら回答するという立ち位置にとどまっており、第三者に対してXグループに所属していることが明らかになっていたとはいえない」。

「原告の本社は札幌市に所在し、本件処分を受けた事業所も札幌市で、本件処分の告知が行われていたのは札幌市のホームページ及び原告のホームページであり、Y1側でホームページ等に掲載したり、利用者や関係者に積極的に報告はしていなかったことや本件事務所は千葉県松戸市に所在すること、本件処分の内容は、サービス内容に問題があったのではなく、あくまで、個別支援計画を適切な時期に作成していなかったことによる給付金の不正受給であることを踏まえると、本件処分によって本件事務所への頼度が低下し、入居希望者を減少させるといった影響が直ちにあるものとはいえない」。

「したがって、原告が本件処分を受けた一事だけをもって、信頼関係の破壊があったとは認められない……」。

「一方、原告が本件処分を受けたことによって、入居者の減少(退去含む。)といった直接的影響があったといえるのであれば、信頼関係が破壊されると認めうるものといえる」が、「……本件処分によって、本件事務所の入居者への影響があったとはいえないことから、原告が本件処分を受けたことによって信頼関係の破壊があったとは認められない」。

Y1の本件契約の解除の意思表示は、「中途解約の申込みとみる限りにおいて」、Y1に「中途解約の違約金360万円及び中途解約日までの会費66万円並びにこれらの各支払期限の翌日から約定遅延損害金の支払義務が生じる」。


(解説)

本件では、フランチャイザーであるXが行政庁から処分を受けたことが、X・Y1間のフランチャイズ契約に定める解除事由に該当するか否かが争われました。

XとY1の間では、「本件契約を継続し難い相当の事由が生じたとき」はフランチャイズ契約を即時解除できることになっており、Y1は、Xにおいて行政処分を受けたことがこれに当たると主張しました。

本判決は、(1)Y1の事業所等においてXの名称が使用されておらず、Y1の事業所がXのグループに所属していることが第三者に対して明らかになっていなかったこと、(2)Xが札幌市の事業者であり、Y1が千葉県松戸市の事業者であること、(3)Xに対する行政処分の公表が札幌市およびXのホームページに限られていたこと、(4)本件処分の理由がサービス内容によるものではなく個別支援計画を適切な時期に作成していなかったことによる給付金の不正受給にとどまることなどから、(5)それだけでは信頼関係の破壊があったとは認められないとしました。ただし、(6)Xが本件処分を受けたことにより、Y1の事業所において入居者の減少といった直接的影響があったといえるのであれば、信頼関係が破壊されると認めうる、としています。その上で、(7)Y1の事業所における入居者数の推移及びその原因を具体的に認定して、(8)Y1の事業所において本件処分を原因とする入居者への影響があったとはいえない、(9)そうすると、信頼関係の破壊があったとは認められない、と述べ、Y1からの解除を認めず、Xからの違約金等の請求を認容しました。

(1)ないし(4)から(5)の評価を導いたことについては議論の余地があるもの思われます。一般論を述べるならば、顧客(本件のXでいえば、サービスの提供を受けている利用者やフランチャイジーであるY1)及び行政に対する誠実さを含め、コンプライアンスに対する姿勢は契約相手を決定する上で重要な事項です。したがって、信頼関係の破壊を判断する上で、役務の質や売上の増減とは独立に、コンプライアンスに対する姿勢は考慮の対象になり得るものと考えます(たとえば、Xは、利用者に対して個別支援計画を適正に作成しておらず、行政に対して実地調査で虚偽報告をしており、Y1に対しても、Y1が本件処分の存在を認識するまで本件処分について報告していませんでした)。それが即時解除を基礎づけるだけの重要なものであるかどうかは、当事者が当該契約に何を求めていたかによって異なるものと思われます。したがって、本判決の当否を即断することは困難ですが、少なくとも、本判決の読み方として、「売上が減少していなければ信頼関係の破壊がない」といった形で単純化して理解することは適切でない、と考えます。

なお、本件は、解除事由が抽象的に定められていたことから生じた紛争でもありました。契約締結時に即時解除の原因となる事情を網羅的に定めておくことはほとんど不可能ですが、具体的にどのような事由が「契約を継続し難い相当の事由」に当たるのか、契約当事者間で協議し、文書化しておくことで紛争を回避することができたかもしれません。

本判決は、契約相手が行政処分を受けた場合でも、処分の経緯や処分の内容によっては契約を解除することができない可能性がある、ということ示した事例であり、実務上参考になるものと思われます。特に、中途解約によって違約金支払義務を負うことになる側が契約を締結し、又は契約を解除する際は、本判決の存在を視野に入れておく必要があるといえるでしょう。

本判決に対しては、控訴が提起されています。

(2026年8月20日)


2026年8月20日現在の法令に基づく解説です。


[*] 大津町法律事務所(愛知県弁護士会所属)

2026/08/20 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : 弁護士馬場陽

事業上の債務の個人保証 ―改正民法(債権法)での変更点―

馬場 陽[1]

はじめに

 実務上、事業主の近親者等が事業上の債務を保証(多くの場合、連帯保証)することがよくあります。このような事業上の債務の保証は、中小企業の資金調達を容易にする反面、保証人がリスクを十分に自覚しないまま安易に保証契約を締結してしまうことによって、事業の破綻と同時に保証人の生活まで破綻させてしまう例が多かったといわれています。そこで、2020年4月1日施行の改正民法(平成29年法律第44号)では、保証人になろうとする者の保証意思の確認手続を法定することによって安易な保証を防止するとともに、事業と一定の関係を有する個人については例外的にこの規定の適用を除外して、スムーズな資金調達を阻害しないよう調整を図っています。

1 公正証書の作成と保証の効力(民法465条の6[改正後、以下同じ])

(1)適用範囲

改正民法は、次の4種の保証契約・根保証契約について、後記(2)の要件を満たさなければ、その効力を生じないとしています

  •  ① 事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約(465の6Ⅰ)
  •  ② 主たる債務の範囲に①の貸金等債務が含まれる根保証契約(465の6Ⅰ)
  •  ③ ①又は②の保証人の主債務者に対する求償権に係る債務を主たる債務とする保証契約(465の8Ⅰ前段)
  •  ④ 主たる債務の範囲に③の求償権に係る債務が含まれる根保証契約(465の8Ⅰ後段)。

なお、これら規定は、保証人になろうとするものが法人である場合には、適用されません(465の6Ⅲ、465の8Ⅱ)

(2)要件

  •  ① 保証人となろうとするものが公正証書で保証債務を履行する意思を表示していること(465の6Ⅰ)
  •  ② ①の公正証書が、契約の締結に先立ち、その締結の日前1箇月以内に作成されていること(465の6Ⅰ)
  •  ③ ①の公正証書が、民法に定める一定の方式に従って作成されていること(456の6Ⅱ、465の7)[方式の詳細は、条文をご確認下さい]

2 適用除外―経営者保証等(民法465の9)

 前記1(1)の4類型に当てはまる保証契約・根保証契約であっても、以下の場合は、前記1(2)の公正証書によることを要しません。

  •  ① 主債務者である法人の役員等(理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者)(1号)
  •  ② 主債務者である法人の支配株主[総株主の議決権の過半数を有する者]等(支配株主である株式会社の支配株主等を含む)(2号)
  •  ③ 主債務者の共同事業者(主債務者の配偶者で現に事業に従事している者を含む)(3号)

 ③の「配偶者」は、法律上の配偶者でなければならない(内縁を含まない)とされています。また、「事業に従事している」とは、書類上従事しているだけでは足りず、また、保証のため一時的に従事したのでも足りないと解されています(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権法)改正』〔商事法務、2018年〕155-156参照)。

 立法理由として、これらの個人であればリスクを理解しないまま情誼によって保証人になることが少ない、と説明されています。しかし、単に事業に従事しているだけの配偶者(③)についても本当に同じことが言えるのか(むしろ、配偶者だからこそ情誼に流されるのではないか)といった点については議論があり、実質的に共同事業者と言える場合に限定して解すべきであるという学説もあります(塩見佳男『民法(債権関係)改正法の概要』〔きんざい、2017年〕144頁参照)。そのように解した場合は、法律上の配偶者と内縁の配偶者を区別する意味は、ほとんどなくなるでしょう。他方で、そのように解することができるならば、わざわざ「配偶者」を「共同事業者」と別に定める必要はなかったはずで、やはり③には共同事業者とはいえない配偶者まで含むと解すべきではないか、とも考えられそうです(その場合でも、事業への関与の度合によって3号の要件を限定していくことはあり得るでしょう。中田裕康ほか『講義 債権法改正』〔商事法務、2017年〕197-198頁参照)。

3 経営者等でなくなったら?

 経営者等が事業上の債務の保証契約・根保証契約を締結した後、取締役を辞任したり、株主でなくなったり、主債務者と離婚をした場合、保証債務はどうなるのでしょうか。

 この場合、保証債務が消滅することはなく、改めて公正証書を作成する必要もありません。

 個人根保証契約の場合には、元本確定期日に関する規定(465条の3ⅠⅡ)によって一定の保護が図られているほか、明文の定めはありませんが、根保証契約締結から相当期間経過後に元本確定請求をすることができるとされています。また、根保証契約の前提となった身分が失われたときは、特別解約権を行使して元本を確定することができる場合があります(大判昭和16年5月23日民集20巻637頁)。

2020年3月29日

※ 2020年3月29日時点の法令に基づく解説です。


[1] 弁護士、大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

個人根保証―改正民法(債権法)施行にともなう契約書式の見直し

馬場 陽[1]

はじめに

 2020年4月1日から、改正民法(平成29年法律第44号)が施行されます。改正点の多くは従来の実務を変更するものではありませんが、一部、従来の実務を変更する改正も含まれています。その1つに、保証契約の規定の見直しがあります。保証契約に関する新法の規定は、強行法規であり、これに反する保証契約は無効となる可能性が高いことから、2020年4月1日以降に保証契約を締結する場合、新民法の規定に抵触しないよう内容を点検する必要があります。以下では、個人根保証について確認していきます。

1 改正民法(以下「新法」という)の規定

新法は、次のように定めています(465条の2)。

  1.  一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
  2.  個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
  3.  第446条第2項及び第3項の規定は、個人根保証契約における第1項に規定する極度額の定めについて準用する。

2 改正の要点

 旧法では、個人を保証人とする貸金等根保証契約(主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれる保証契約のこと)についてのみ、極度額の定めが必要とされていましたが、改正により、個人を保証人とする根保証契約全般について極度額の定めが必要とされました(新法465条の2第1項)。極度額の定めのない個人根保証契約は、無効です(同第2項)。

 この極度額の定めは、書面または電磁的記録でしなければ、その効力を生じません(新法465条の2第3項、446条2項、3項)。

  個人根保証のうち、主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれる個人貸金等根保証について、元本確定期日を定める場合には、その期日は、個人貸金等根保証契約締結日から5年以内でなければならず、5年を経過する日より後の日と定めた場合には、元本確定期日の定めが無効となります(新法465条の3第1項)。元本確定期日の定めがない場合、元本確定期日は個人貸金等根保証契約締結日から3年を経過した日とされています(新法465条の3第2項)。

3 極度額の定め方

① 『極度額』は何を含むか

 極度額の定めは、「主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る」ものでなければなりません(新法465条の2第1項括弧書)。

 旧法下の貸金等根保証に関して、「『極度額』の定めは、保証人が負担する保証債務の範囲の全部を対象とし、その上限の金額が一義的に明確でなければならず、かかる方式に依らない元本の「極度額」のみの定めは、・・・「極度額」の定めには当たらない」とした下級審裁判例があります(熊本地判平成21年11月24日判時2085号124頁)。

② 金額はいくらが相当か

 極度額をいくらに定めるかは、悩ましい問題です。民法に定めはありませんが、不当に高額なものは無効になるおそれがあります(90条)。また、極度額は確定的な金額を記載しなければならないと解されています。不動産賃貸実務においては「賃料3か月分」等の記載をする例がありますが、根保証契約の書面に賃料月額の記載がなければ、無効と考えるべきでしょう。賃料月額の記載があったとしても、増額後の賃料の3か月分であると読めるときは、増額後の賃料がわからないので、根保証契約が無効になると考えられます[2]。

4 情報提供義務(新法465条の10)

 今回の改正で、465条の10が新設されました。

 それによると、主債務者は、主債務に事業上の債務が含まれる保証・根保証を委託するときは、保証人となる者(個人に限ります)に次の①~③の情報を提供しなければなりません(1項、3項)

  • ① 財産及び収支の状況
  • ② 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
  • ③ 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容

 主債務者が①~③の情報を提供せず、又は不実の情報を提供したために、委託を受けた個人が①~③の事項について誤認し、それによって保証契約が締結されたとします。この場合において、前記の情報提供がないこと又は不実の情報が提供されたことを債権者が知り得たときは、保証人は、保証契約を取り消すことができます。したがって、債権者としては、主債務者に真実を告知したことを表明させるといった対応を検討すべき場面が出てくるものと思われます。

5 相対的効力

 連帯保証に関し、もう1つ、改正による重要な変更がありました。

 旧法458条は、履行の請求(旧434条)、時効の完成(旧439条)等について、連帯保証人に生じた事由の効力が主債務者にも及ぶと規定していました。この場合、たとえば債権者が連帯保証人に対して履行の請求をすれば、主債務者の消滅時効も停止(旧法153条)ないし中断(旧法147条1号)されることになります。

これに対し、新法458条は、連帯保証人に生じた事由の効力について、441条を準用しています。441条は相対的効力を定めた規定ですから、この改正により、連帯保証人に生じた事由の効力(たとえば、先に挙げた履行の請求)は、主債務者に対して効力を生じないことになります。

この規定は任意規定ですから(441条)、特約を設けることによって旧法下と同じ取扱いをすることもできます。

6 経過措置

 新法施行前に締結された契約が新法施行後の合意によって更新された場合、更新後の契約について新法が適用されると考えるのが最も有力な見解です。これに対して、賃貸借契約の保証人は、あくまでも保証契約締結時に保証意思を表示しているのであって、新法施行後に更新の意思を表示しているわけではありません。そのような保証人が賃貸借契約更新後の主債務について保証債務を負うのは、あくまでも保証契約締結時の意思解釈によるものです(最判平成9年11月13日判時1633号81頁参照)。そこで、前記の見解も、新法施行前に賃貸借契約と保証契約が締結され、新法施行後に賃貸借契約だけが更新された場合、保証契約について旧法が適用されると考えています(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権法)改正』〔商事法務、2018年〕384頁〔注2〕参照)。個人保証人の保護という改正の趣旨からすると若干の違和感はありますが、保証意思を表示した時点の法令によるという結論は、妥当であると考えます。

2020年3月26日

改訂 2020年3月29日

※ 2020年3月26日時点の法令に基づく解説です。


[1] 弁護士、大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

[2] 極度額を賃料3か月分等とする記載に加えて賃料月額の記載があるものの、それが増額後の賃料によるか増額前の賃料によるか何も書かれていない場合、どう考えるべきでしょうか。主債務が根保証契約締結後に加重されたときであっても保証人の負担が加重されないこと(新法448条2項)を考えると、途中で賃料が増額されても根保証契約の極度額は変わらないと考えるべきでしょう(「極度額いくらにする?【賃貸借契約の保証人】随時更新」『不動産どうなる』https://igms.jp/711/doc-4/〔2019/10/25追記分〕)〔2020年3月26日アクセス〕参照)。そうすると、賃料増額によって保証債務の極度額が影響を受けることはないので、確定的な金額の記載があると解するのが正しいように思います。もっとも、改正の趣旨でもある個人保証人保護の流れからすれば、曖昧な記載は無効と判断される可能性もありますので、注意が必要です。

法定利率 (改正民法の施行に伴う実務上の注意点)

  馬場 陽

はじめに

令和2年(2020年)4月1日施行の改正民法(平成29年法律第44号)について、前回、消滅時効の注意点を説明しました。

今回は、法定利率が問題になるケースを考え、それぞれの場合に新法・旧法のいずれが適用されるのかを調べてみたいと思います。なお、法定利率は、約定利率が法定利率よりも高い場合を除き、原則としてそのまま遅延損害金の率となります(民法419条1項)。そこで、以下では、実務上も登場頻度の高い遅延損害金について検討していくことにします。

1 改正法の内容

法定利率に関する新法の条文は、次のとおりです。

第404条

1 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。

2 法定利率は、年3パーセントとする。

3 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、3年を1期とし、1期ごとに、次項の規定により変動するものとする。

4 (略)。

5 (略)。

2 改正の要点

改正前の民法は、法定利率を年5分(5パーセント)と定めていました(旧404条)。また、商法では、商行為によって生じた債務の法定利率は年6分(6パーセント)と定められていました。

平成29年(2017年)民法改正により、法定利率は年3パーセントに引き下げられ、以後、3年ごとに見直しが行われることになりました。さらに、商事法定利率を定めた商法の規定も削除されましたので、新法施行後は、商行為によって生じたものか否かを問わず、法定利率は年3パーセントということになります。

3 附則(平成29・6・2法44)

それでは、附則の定めはどうなっているでしょうか。

遅延損害金の率については、附則17条3項があり、「施行日前に債務者が遅滞の責を負った場合における遅延損害金を生ずべき債権に係る法定利率については、新法419条1項の規定にかかわらず、なお従前の例による。」としています。つまり、施行日前に遅滞の責を負ったのであれば新法が、施行日後に遅滞の責を負ったのであれば旧法が適用されることになります。

わかりにくいのは、附則17条1項が「施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。附則第25条1項について同じ。)におけるその債務不履行の責任等については、……なお従前の例による。」と規定していることです。附則17条1項だけを読むと、法定利率についても「施行日前に債権が生じたか否か」で新法・旧法の適用が分かれるように読めますが、法定利率に関しては別に3項があり、「施行日前に遅滞の責を負ったか否か」で適用法令が区別されることに注意が必要です。

4 具体例

 具体例で考えてみましょう。

[例1]2020年3月1日締結の売買契約(遅延損害金の率について約定はない)において、代金支払債務の弁済期が2020年5月1日と定められたとします。この弁済期は確定期限ですから、弁済期に代金の支払がなければ、債務者(買主)は、その期限が到来したときから遅滞の責任を負います(民法412条2項)。このケースでは、債務者(買主)は新法施行前(2020年4月1日より前)に遅滞の責を負っていないので、代金支払債務については新法の法定利率(年3パーセント)が適用されます。

[例2]2020年3月1日締結の売買契約(遅延損害金の率について約定はない)において、代金支払債務の弁済期を定めなかったとします。2020年3月20日、債権者(売主)は、債務者(買主)に対し、上記売買代金の請求書を発行し、2020年3月1日に債務者(買主)はこの請求を受領しましたが、2020年5月1日になっても買主は代金を支払いません。弁済期の定めがないのときは、債務者(買主)は、履行の請求を受けたときから遅滞の責任を負います(民法412条3項)。このケースでは、債務者(買主)は新法施行前(2020年4月1日より前)に遅滞の責を負っているので、上記の代金支払債務については旧法の法定利率(民事債権であれば年5パーセント、商事債権であれば年6パーセント)が適用されます。

5 契約の自動更新の場合は?

 法定利率についても、新法施行前に締結された契約を新法施行後に更新したとき、新法が適用されるのか、旧法が適用されるのかという問題があります。

 この点については、前回、消滅時効について解説したところがそのまま当てはまります。附則には明文の定めはありませんが、現時点で最も有力な見解は、何らかの合意によって更新されたといえるもの(たとえば、業務委託契約等)については更新後の契約について新法を適用し、法令によって強制的に更新されたといえるもの(たとえば、借地借家法26条1項によって更新された建物賃貸借契約)については更新後も旧法を適用する、というものです(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018年)383頁参照)。しかし、賃貸借契約を例にとってみると、附則34条2項は、施行日後に更新された賃貸借契約について新法604条2項が適用されるとしています。この反対解釈として、更新後は新法604条2項を除きすべて新法が適用されない(旧法が適用される)という読み方もできそうで、実務に混乱を生じることが懸念されます。

2020年3月26日

※ この記事は、2020年3月26日時点の法令に基づいて解説をしています。


弁護士,大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

消滅時効 (改正民法の施行に伴う実務上の注意点)

はじめに

 令和2年(2020年)4月1日から、改正民法(平成29年法律第44号)が施行されます。

平成29年(2017年)改正で変更された事項の1つに、消滅時効制度があります。今回は、債権の消滅時効について、どのような場合に新法が適用され、どのような場合に旧法が適用されるのかを説明します。

1 改正法の内容

 債権の消滅時効に関する新条文は、次のとおりです(なお、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効については、民法724条に規定がおかれています)。

第166条

1 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

 ① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき

 ② 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき

2(以下略)

2 改正の要点

 改正前の民法は、166条1項で「消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する」と定め、167条1項で、「債権は、10年間行使しないときは、消滅する。」と規定していました。

 したがって、平成29年(2017年)民法改正により、消滅時効期間は「主観的起算点から5年、客観的起算点から10年」というルールに変更された、ということができます。

 また、この改正に伴い、民法170条~174条(旧規定)に定められていた短期消滅時効制度が廃止され、商事消滅時効の規定(商法522条)が削除されたことも、重要な変更点です。

3 附則(平成29・6・2法44)

 それでは、施行日をまたいで存在する債権の消滅時効は、どのように考えるべきでしょうか。

 附則10条4項は、「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。」と定めています。

 しかし、ここで注意をしなければならないのが、「施行日前に債権が生じた場合」の意味です。というのも、附則10条1項は、「施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)におけるその債権の消滅時効の援用については、新法第145条の規定にかかわらず、なお従前の例による。」と規定しており、附則10条4項の「施行日前に債権が生じた場合」についても同じ定義があてはまることになるからです。

 したがって、消滅時効に関する改正法の規定は、(1)施行日前に債権が生じていた場合はもちろん、(2)施行日後に債権が生じた場合であっても、その原因である法律行為が施行日前にされているときは、適用されない(従前の例による)ということになります。

4 具体例

 具体例を挙げると、次のようなことになります。

[例]請負契約の報酬請求権は、特約がない限り、仕事を完成したときに発生します(民法632条)。したがって、2020年3月1日に請負契約を締結し、2020年5月1日に完成した仕事の対価(請負報酬)の請求権は、施行日(2020年4月1日)より後に発生した債権ということになります。しかし、その原因である法律行為(請負契約)が施行日前にされているので、この債権については旧規定の170条2号が適用されます。したがって、この債権については、権利を行使することができる時(通常は、2020年5月1日)から3年の経過をもって、消滅時効が完成することになります。

5 契約の自動更新の場合は?

 業務委託契約等において、自動更新条項が設けられていることがあります。新法施行前に締結され、新法施行後に更新された契約については、新法・旧法のどちらが適用されることになるのでしょうか。

 この点について、附則には明文の定めはなく、非常に難しい問題であるといえますが、現時点で最も有力な見解は、何らかの合意によって更新されたといえるもの(たとえば、業務委託契約等)については更新後の契約について新法を適用し、法令によって強制的に更新されたといえるもの(たとえば、借地借家法26条1項によって更新された建物賃貸借契約)については更新後も旧法を適用する、と考えるようです(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018年)383頁参照)。

2020年3月25日

馬場 陽 

大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

※ この記事は、2020年3月25日時点の法令に基づいて解説をしています。

遺産分割協議がまとまらないときは―遺産分割の調停・審判―

1 遺産分割調停とは

(1)調停は話し合い

 相続人同士で遺産分割協議がまとまらないときは、まず、家庭裁判所で遺産分割調停をするのが一般的です。調停では、家庭裁判所の裁判官と調停委員からなる調停委員会が間に入り、申立人、相手方それぞれの言い分を聞いて、合意を目指します。

 間に調停委員会が入るので、対立する当事者とは、顔を合わせずに話し合いを進めることができます。

(2)相続人全員が出席する

 このように、家庭裁判所が間に入るとはいえ、遺産分割調停は1種の話し合いですから、全員が出席するのが原則で、全員が合意しなければ、調停は成立しません。

(3)費用はどのくらいかかるか

 手数料として、被相続人1人につき1200円の収入印紙が必要です。その他に、裁判所が当事者に書類を郵送するための郵便切手を予納しなければいけません(※1)(※2)。

(4)時間はどのくらいかかるか

 調停の期日は、平均して1か月に1回の頻度で指定されます。調停が終わるまでの期間は、事案によりまちまちです。2~3か月で終わることもあれば、1年以上続けても話し合いが終わらないこともあります。

※1 郵便切手の金額については、後述します。
※2 別途、特別代理人報酬や鑑定等の費用が発生する場合があります。

2 遺産分割調停の申立て

(1)申立書を書いてみよう

 遺産分割調停の申立書を書いてみましょう。申立書の書式は、裁判所のウェブサイトでダウンロードできるほか、家庭裁判所の受付で受け取ることができます。

(2)提出先(管轄裁判所)

 提出先は、当事者全員の合意により定めた家庭裁判所または相手方の住所を管轄する家庭裁判所です。相手方が2人以上いる場合は、どちらにも管轄があります。

(3)目録を作ろう

 遺産分割調停申立書に添付する目録として、次のようなものがあります。

  • 遺産目録(※3)
  • 特別受益目録(※4)
  • 当事者目録(※5)

※3 被相続人の遺産を記載した目録です。
※4 被相続人の生前に当事者が受けた特別受益を記載した目録です。
※5 申立人と相手方全員の氏名、生年月日、住所、本籍を記入します。分からない場合は、添付書類として取寄せた戸籍や住民票を見ながら記入して下さい。

(4) 印紙を貼ろう

 郵便局やコンビニで収入印紙1200円(被相続人が1人の場合)を購入し、申立書に貼って完成です。被相続人が2人以上いる場合は、1200円×被相続人の人数分の収入印紙を貼ってください。

(5) 郵便切手を買おう

 家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てるときは、裁判所から当事者に書類を郵送してもらうための郵便切手として、500円×2×当事者数、100円×2×当事者数、50円×2×当事者数、82円×20、10円×20、2円×10、1円×10を同封します(当事者数が5人までの場合)。

3 遺産分割調停に必要な書類

(1)添付書類

 遺産分割調停を申立てるためには、調停申立書、各種目録のほかに、次のような書類を添付する必要があります。

(2)身分関係

  • 被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍(除籍謄本、改正原戸籍謄本の原本)
  • 相続人全員の現在の戸籍謄本(3か月以内の原本)
  • 被相続人の除票又は戸籍の附票(原本)
  • 相続人全員の住民票(3か月以内の原本)

(3)遺産関係

  • 遺産に不動産がある場合は、登記事項証明書と固定資産評価証明書(3か月以内の原本)
  • 遺産に預貯金がある場合は被相続人死亡時の残高証明書のコピー、通帳のコピー、証書のコピー
  • その他、有価証券の残高証明書のコピーや車検証のコピーなど

(4)遺言関係

    遺言がある場合には、遺言書のコピー。

4 遺産分割審判の手続

(1)審判とはどんなもの

 調停で話し合いがまとまらず、さらに調停を続けても合意にいたる見込みがないときは、調停は不調となり、審判という手続に移行します。

 審判では、家庭裁判所の裁判官(家事審判官)が、提出された書類や当事者から聞き取った内容など、一切の事情を考慮して、裁判により遺産を分割します。

(2)誰かが欠席しても進められる

 このように、審判は話し合いではありませんので、相続人のうちの誰かが意固地になって出席をしてくれないような場合でも、手続を進めることができます。

(3)費用はどのくらいかかるか

 調停から審判に移行した場合、さらに手数料を追納する必要はありません。ただし、調停で郵便切手を使い切ってしまった場合など、郵便切手の追納が必要となる場合があります。

(4)時間はどのくらいかかるか

 遺産の範囲や評価に争いがなく、調停で必要な書類が全部揃っているならば、審判が出るまでの期間は1~3か月くらいだと思われます。

 遺産の範囲について争いがある場合は、遺産分割の前提問題として、何が遺産で何が遺産でないのかを民事訴訟で解決しておかなければなりません。この場合、数か月から数年かかることもあります。遺産の評価に争いがある場合には、鑑定をしなければなりません。この場合も、数か月は余分に時間がかかります。

5 即時抗告―審判に不満があるとき―

(1)即時抗告をしないと

家庭裁判所がした遺産分割の審判に不満があるときは、上級の裁判所である高等裁判所に不服申立をすることができます(即時抗告)。定められた期間内に申立をしないと、審判が確定し、あとから審判の内容を争うことはできなくなってしまいます。

(2)告知の翌日から2週間以内に

即時抗告ができるのは、審判の結果が告知された日の翌日を1日目として14日間です。

(3)提出先に注意

 即時抗告申立書の宛先は高等裁判所ですが、提出先は家庭裁判所となっていますので、注意が必要です。

※2016年2月4日の情報に基づいて執筆されています。

2017/05/02 | カテゴリー : 未分類 | タグ : | 投稿者 : 弁護士馬場陽