1.モラハラは精神的暴力
近年、離婚事件の中で、モラルハラスメント(いわゆるモラハラ)について相談を受けることがあります。
モラハラは、フランスの精神科医であるマリー・フランス・イルゴイエンヌが提唱した概念で、簡潔に定義を示すことが難しいのですが、言葉や態度で相手の心を傷つけ、支配していくやり方を一般にこのように呼んでいます(橋本智子=谷本惠美=矢田りつ子ほか「Q&Aモラル・ハラスメント」明石書店、12頁参照)。
モラハラという言葉が日本の法廷に登場したのは比較的最近であると思われますが、現在モラハラと呼ばれている現象の一部は、例えば配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(いわゆる「DV法」)1条にいう「身体に対する暴力に準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」として、あるいは心理的虐待の一種として、以前から離婚等の裁判でも取り扱われていたように思います。
2.モラハラの具体的態様
モラハラの具体的態様は様々ですが、例えば、次のようなものがあります。
- 些細なことで激昂する
- 無視をする
- 会話をしていると、何もかもこちらが悪いことにされてしまう
- 反論すると無関係の論点を持ち出して攻撃されてしまい、こちらが負けるまで話が終わらない
これによって、被害者は、どこに加害者の怒りのスイッチがあるかまったくわからなくなり、加害者の顔色をうかがいながら生活するようになります。最終的に、被害者は、加害者が機嫌を損ねると自分に原因があるのではないかと思って自分を責めるようになり、支配が進行していきます(注1)。
(注1)例えば、橋本ほか・前掲書14頁には、エアコンをつけていいかと聞けば「いちいち聞かなければわからないのか!」といって怒り、黙ってつければ「勝手につけるな!」といって怒り、つけなければ「こんなに暑いのに」といって怒る人物の例が紹介されています。
3.モラハラも離婚原因になる
それでは、これらの行為は、離婚原因に当たるのでしょうか。
決め手となるのは、民法770条1項5号の「婚姻を継続し難い重大な事由」があるといえるかどうかです(→離婚原因については、「どうしたら離婚できますか?」をご覧ください)。
加害者の行為が俗にモラハラといわれる言動に当てはまるとしても、加害者の行為の執拗さは様々ですし、被害者の耐性も様々です。
また、モラハラという言葉が一般化するに従って、提唱されたときの本来の意味よりもはるかに広く安易に使用されるようになり、使う人によってイメージしている水準が違うのも、混乱の原因です。
したがって、「モラハラが離婚原因になるか」と問われたならば、「離婚原因となり得る」というのがひとまずの回答になります。ただし、そこでいわれている「モラハラ」がどの程度の言動を意味しており、どの程度の抑圧を受けているのか、そのイメージを共有した上でなければ、具体的な回答はできないといえるでしょう。
DVや心理的虐待に当たると評価される程度のモラハラであれば、それだけで「婚姻を継続し難い重大な事由」と言える場合が多いと思いますが、そこまでに至らない場合(モラハラのような言動)は、他の事情との総合判断で離婚の成否が決定されるものと考えられます。
4.モラハラの主張・立証
以上のとおり、モラハラが離婚原因になり得る場合があるとしても、モラハラは、家庭内という密室で、身体的暴力を伴わないで行われるため、客観的証拠によって立証することが困難な場合が少なくありません。
また、人が1人の人間を支配するまでの長い過程を抜きにして、1つ1つの行為をとってみても、行為の悪質は今ひとつ理解されにくく、インパクトが弱くなりがちです。
大変な根気と技術を要する作業ではありますが、間接的な事実を地道に積み重ねて、事実関係を明らかにしていくことになります。
5.モラハラの特徴
最後に、モラハラの被害者は自身が被害者であることに気づきにくく、気がついても加害者の巧妙な手口によって周囲に被害を理解してもらえないことが多いといわれていますので、被害に気付いていただくため、モラハラ加害者の特徴といわれるものをいくつか紹介しておきます。
- 結婚する前は理想的な恋人であったが、結婚や出産などを機に被害者が逃げられなくなると、態度が豹変することが多い
- 加害者は、世間では理想的な配偶者ないし恋人として振る舞っていることが多い
- 加害者は、被害者から支援者を奪い、孤立させようとする
- 被害者に執着し、被害者・加害者関係からの離脱を許さない
すべてではありませんが、モラハラをする加害者には、こういった特徴があるといわれています。
(参考文献)
橋本智子=谷本惠美=矢田りつ子ほか「Q&Aモラル・ハラスメント」赤石書店、2007
弁護士 馬場陽
(愛知県弁護士会所属)
※ 2016年1月17日の情報に基づく解説です。