名古屋の企業法務、離婚、相続、交通事故は、大津町法律事務所(弁護士 馬場陽)愛知県弁護士会所属

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民法改正

事業上の債務の個人保証 ―改正民法(債権法)での変更点―

馬場 陽[1]

はじめに

 実務上、事業主の近親者等が事業上の債務を保証(多くの場合、連帯保証)することがよくあります。このような事業上の債務の保証は、中小企業の資金調達を容易にする反面、保証人がリスクを十分に自覚しないまま安易に保証契約を締結してしまうことによって、事業の破綻と同時に保証人の生活まで破綻させてしまう例が多かったといわれています。そこで、2020年4月1日施行の改正民法(平成29年法律第44号)では、保証人になろうとする者の保証意思の確認手続を法定することによって安易な保証を防止するとともに、事業と一定の関係を有する個人については例外的にこの規定の適用を除外して、スムーズな資金調達を阻害しないよう調整を図っています。

1 公正証書の作成と保証の効力(民法465条の6[改正後、以下同じ])

(1)適用範囲

改正民法は、次の4種の保証契約・根保証契約について、後記(2)の要件を満たさなければ、その効力を生じないとしています

  •  ① 事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約(465の6Ⅰ)
  •  ② 主たる債務の範囲に①の貸金等債務が含まれる根保証契約(465の6Ⅰ)
  •  ③ ①又は②の保証人の主債務者に対する求償権に係る債務を主たる債務とする保証契約(465の8Ⅰ前段)
  •  ④ 主たる債務の範囲に③の求償権に係る債務が含まれる根保証契約(465の8Ⅰ後段)。

なお、これら規定は、保証人になろうとするものが法人である場合には、適用されません(465の6Ⅲ、465の8Ⅱ)

(2)要件

  •  ① 保証人となろうとするものが公正証書で保証債務を履行する意思を表示していること(465の6Ⅰ)
  •  ② ①の公正証書が、契約の締結に先立ち、その締結の日前1箇月以内に作成されていること(465の6Ⅰ)
  •  ③ ①の公正証書が、民法に定める一定の方式に従って作成されていること(456の6Ⅱ、465の7)[方式の詳細は、条文をご確認下さい]

2 適用除外―経営者保証等(民法465の9)

 前記1(1)の4類型に当てはまる保証契約・根保証契約であっても、以下の場合は、前記1(2)の公正証書によることを要しません。

  •  ① 主債務者である法人の役員等(理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者)(1号)
  •  ② 主債務者である法人の支配株主[総株主の議決権の過半数を有する者]等(支配株主である株式会社の支配株主等を含む)(2号)
  •  ③ 主債務者の共同事業者(主債務者の配偶者で現に事業に従事している者を含む)(3号)

 ③の「配偶者」は、法律上の配偶者でなければならない(内縁を含まない)とされています。また、「事業に従事している」とは、書類上従事しているだけでは足りず、また、保証のため一時的に従事したのでも足りないと解されています(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権法)改正』〔商事法務、2018年〕155-156参照)。

 立法理由として、これらの個人であればリスクを理解しないまま情誼によって保証人になることが少ない、と説明されています。しかし、単に事業に従事しているだけの配偶者(③)についても本当に同じことが言えるのか(むしろ、配偶者だからこそ情誼に流されるのではないか)といった点については議論があり、実質的に共同事業者と言える場合に限定して解すべきであるという学説もあります(塩見佳男『民法(債権関係)改正法の概要』〔きんざい、2017年〕144頁参照)。そのように解した場合は、法律上の配偶者と内縁の配偶者を区別する意味は、ほとんどなくなるでしょう。他方で、そのように解することができるならば、わざわざ「配偶者」を「共同事業者」と別に定める必要はなかったはずで、やはり③には共同事業者とはいえない配偶者まで含むと解すべきではないか、とも考えられそうです(その場合でも、事業への関与の度合によって3号の要件を限定していくことはあり得るでしょう。中田裕康ほか『講義 債権法改正』〔商事法務、2017年〕197-198頁参照)。

3 経営者等でなくなったら?

 経営者等が事業上の債務の保証契約・根保証契約を締結した後、取締役を辞任したり、株主でなくなったり、主債務者と離婚をした場合、保証債務はどうなるのでしょうか。

 この場合、保証債務が消滅することはなく、改めて公正証書を作成する必要もありません。

 個人根保証契約の場合には、元本確定期日に関する規定(465条の3ⅠⅡ)によって一定の保護が図られているほか、明文の定めはありませんが、根保証契約締結から相当期間経過後に元本確定請求をすることができるとされています。また、根保証契約の前提となった身分が失われたときは、特別解約権を行使して元本を確定することができる場合があります(大判昭和16年5月23日民集20巻637頁)。

2020年3月29日

※ 2020年3月29日時点の法令に基づく解説です。


[1] 弁護士、大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

個人根保証―改正民法(債権法)施行にともなう契約書式の見直し

馬場 陽[1]

はじめに

 2020年4月1日から、改正民法(平成29年法律第44号)が施行されます。改正点の多くは従来の実務を変更するものではありませんが、一部、従来の実務を変更する改正も含まれています。その1つに、保証契約の規定の見直しがあります。保証契約に関する新法の規定は、強行法規であり、これに反する保証契約は無効となる可能性が高いことから、2020年4月1日以降に保証契約を締結する場合、新民法の規定に抵触しないよう内容を点検する必要があります。以下では、個人根保証について確認していきます。

1 改正民法(以下「新法」という)の規定

新法は、次のように定めています(465条の2)。

  1.  一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
  2.  個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
  3.  第446条第2項及び第3項の規定は、個人根保証契約における第1項に規定する極度額の定めについて準用する。

2 改正の要点

 旧法では、個人を保証人とする貸金等根保証契約(主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれる保証契約のこと)についてのみ、極度額の定めが必要とされていましたが、改正により、個人を保証人とする根保証契約全般について極度額の定めが必要とされました(新法465条の2第1項)。極度額の定めのない個人根保証契約は、無効です(同第2項)。

 この極度額の定めは、書面または電磁的記録でしなければ、その効力を生じません(新法465条の2第3項、446条2項、3項)。

  個人根保証のうち、主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれる個人貸金等根保証について、元本確定期日を定める場合には、その期日は、個人貸金等根保証契約締結日から5年以内でなければならず、5年を経過する日より後の日と定めた場合には、元本確定期日の定めが無効となります(新法465条の3第1項)。元本確定期日の定めがない場合、元本確定期日は個人貸金等根保証契約締結日から3年を経過した日とされています(新法465条の3第2項)。

3 極度額の定め方

① 『極度額』は何を含むか

 極度額の定めは、「主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る」ものでなければなりません(新法465条の2第1項括弧書)。

 旧法下の貸金等根保証に関して、「『極度額』の定めは、保証人が負担する保証債務の範囲の全部を対象とし、その上限の金額が一義的に明確でなければならず、かかる方式に依らない元本の「極度額」のみの定めは、・・・「極度額」の定めには当たらない」とした下級審裁判例があります(熊本地判平成21年11月24日判時2085号124頁)。

② 金額はいくらが相当か

 極度額をいくらに定めるかは、悩ましい問題です。民法に定めはありませんが、不当に高額なものは無効になるおそれがあります(90条)。また、極度額は確定的な金額を記載しなければならないと解されています。不動産賃貸実務においては「賃料3か月分」等の記載をする例がありますが、根保証契約の書面に賃料月額の記載がなければ、無効と考えるべきでしょう。賃料月額の記載があったとしても、増額後の賃料の3か月分であると読めるときは、増額後の賃料がわからないので、根保証契約が無効になると考えられます[2]

4 情報提供義務(新法465条の10)

 今回の改正で、465条の10が新設されました。

 それによると、主債務者は、主債務に事業上の債務が含まれる保証・根保証を委託するときは、保証人となる者(個人に限ります)に次の①~③の情報を提供しなければなりません(1項、3項)

  • ① 財産及び収支の状況
  • ② 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
  • ③ 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容

 主債務者が①~③の情報を提供せず、又は不実の情報を提供したために、委託を受けた個人が①~③の事項について誤認し、それによって保証契約が締結されたとします。この場合において、前記の情報提供がないこと又は不実の情報が提供されたことを債権者が知り得たときは、保証人は、保証契約を取り消すことができます。したがって、債権者としては、主債務者に真実を告知したことを表明させるといった対応を検討すべき場面が出てくるものと思われます。

5 相対的効力

 連帯保証に関し、もう1つ、改正による重要な変更がありました。

 旧法458条は、履行の請求(旧434条)、時効の完成(旧439条)等について、連帯保証人に生じた事由の効力が主債務者にも及ぶと規定していました。この場合、たとえば債権者が連帯保証人に対して履行の請求をすれば、主債務者の消滅時効も停止(旧法153条)ないし中断(旧法147条1号)されることになります。

これに対し、新法458条は、連帯保証人に生じた事由の効力について、441条を準用しています。441条は相対的効力を定めた規定ですから、この改正により、連帯保証人に生じた事由の効力(たとえば、先に挙げた履行の請求)は、主債務者に対して効力を生じないことになります。

この規定は任意規定ですから(441条)、特約を設けることによって旧法下と同じ取扱いをすることもできます。

6 経過措置

 新法施行前に締結された契約が新法施行後の合意によって更新された場合、更新後の契約について新法が適用されると考えるのが最も有力な見解です。これに対して、賃貸借契約の保証人は、あくまでも保証契約締結時に保証意思を表示しているのであって、新法施行後に更新の意思を表示しているわけではありません。そのような保証人が賃貸借契約更新後の主債務について保証債務を負うのは、あくまでも保証契約締結時の意思解釈によるものです(最判平成9年11月13日判時1633号81頁参照)。そこで、前記の見解も、新法施行前に賃貸借契約と保証契約が締結され、新法施行後に賃貸借契約だけが更新された場合、保証契約について旧法が適用されると考えています(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権法)改正』〔商事法務、2018年〕384頁〔注2〕参照)。個人保証人の保護という改正の趣旨からすると若干の違和感はありますが、保証意思を表示した時点の法令によるという結論は、妥当であると考えます。

2020年3月26日

改訂 2020年3月29日

※ 2020年3月26日時点の法令に基づく解説です。


[1] 弁護士、大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

[2] 極度額を賃料3か月分等とする記載に加えて賃料月額の記載があるものの、それが増額後の賃料によるか増額前の賃料によるか何も書かれていない場合、どう考えるべきでしょうか。主債務が根保証契約締結後に加重されたときであっても保証人の負担が加重されないこと(新法448条2項)を考えると、途中で賃料が増額されても根保証契約の極度額は変わらないと考えるべきでしょう(「極度額いくらにする?【賃貸借契約の保証人】随時更新」『不動産どうなる』https://igms.jp/711/doc-4/〔2019/10/25追記分〕)〔2020年3月26日アクセス〕参照)。そうすると、賃料増額によって保証債務の極度額が影響を受けることはないので、確定的な金額の記載があると解するのが正しいように思います。もっとも、改正の趣旨でもある個人保証人保護の流れからすれば、曖昧な記載は無効と判断される可能性もありますので、注意が必要です。

法定利率 (改正民法の施行に伴う実務上の注意点)

  馬場 陽

はじめに

令和2年(2020年)4月1日施行の改正民法(平成29年法律第44号)について、前回、消滅時効の注意点を説明しました。

今回は、法定利率が問題になるケースを考え、それぞれの場合に新法・旧法のいずれが適用されるのかを調べてみたいと思います。なお、法定利率は、約定利率が法定利率よりも高い場合を除き、原則としてそのまま遅延損害金の率となります(民法419条1項)。そこで、以下では、実務上も登場頻度の高い遅延損害金について検討していくことにします。

1 改正法の内容

法定利率に関する新法の条文は、次のとおりです。

第404条

1 利息を生ずべき債権について別段の意思表示がないときは、その利率は、その利息が生じた最初の時点における法定利率による。

2 法定利率は、年3パーセントとする。

3 前項の規定にかかわらず、法定利率は、法務省令で定めるところにより、3年を1期とし、1期ごとに、次項の規定により変動するものとする。

4 (略)。

5 (略)。

2 改正の要点

改正前の民法は、法定利率を年5分(5パーセント)と定めていました(旧404条)。また、商法では、商行為によって生じた債務の法定利率は年6分(6パーセント)と定められていました。

平成29年(2017年)民法改正により、法定利率は年3パーセントに引き下げられ、以後、3年ごとに見直しが行われることになりました。さらに、商事法定利率を定めた商法の規定も削除されましたので、新法施行後は、商行為によって生じたものか否かを問わず、法定利率は年3パーセントということになります。

3 附則(平成29・6・2法44)

それでは、附則の定めはどうなっているでしょうか。

遅延損害金の率については、附則17条3項があり、「施行日前に債務者が遅滞の責を負った場合における遅延損害金を生ずべき債権に係る法定利率については、新法419条1項の規定にかかわらず、なお従前の例による。」としています。つまり、施行日前に遅滞の責を負ったのであれば新法が、施行日後に遅滞の責を負ったのであれば旧法が適用されることになります。

わかりにくいのは、附則17条1項が「施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。附則第25条1項について同じ。)におけるその債務不履行の責任等については、……なお従前の例による。」と規定していることです。附則17条1項だけを読むと、法定利率についても「施行日前に債権が生じたか否か」で新法・旧法の適用が分かれるように読めますが、法定利率に関しては別に3項があり、「施行日前に遅滞の責を負ったか否か」で適用法令が区別されることに注意が必要です。

4 具体例

 具体例で考えてみましょう。

[例1]2020年3月1日締結の売買契約(遅延損害金の率について約定はない)において、代金支払債務の弁済期が2020年5月1日と定められたとします。この弁済期は確定期限ですから、弁済期に代金の支払がなければ、債務者(買主)は、その期限が到来したときから遅滞の責任を負います(民法412条2項)。このケースでは、債務者(買主)は新法施行前(2020年4月1日より前)に遅滞の責を負っていないので、代金支払債務については新法の法定利率(年3パーセント)が適用されます。

[例2]2020年3月1日締結の売買契約(遅延損害金の率について約定はない)において、代金支払債務の弁済期を定めなかったとします。2020年3月20日、債権者(売主)は、債務者(買主)に対し、上記売買代金の請求書を発行し、2020年3月1日に債務者(買主)はこの請求を受領しましたが、2020年5月1日になっても買主は代金を支払いません。弁済期の定めがないのときは、債務者(買主)は、履行の請求を受けたときから遅滞の責任を負います(民法412条3項)。このケースでは、債務者(買主)は新法施行前(2020年4月1日より前)に遅滞の責を負っているので、上記の代金支払債務については旧法の法定利率(民事債権であれば年5パーセント、商事債権であれば年6パーセント)が適用されます。

5 契約の自動更新の場合は?

 法定利率についても、新法施行前に締結された契約を新法施行後に更新したとき、新法が適用されるのか、旧法が適用されるのかという問題があります。

 この点については、前回、消滅時効について解説したところがそのまま当てはまります。附則には明文の定めはありませんが、現時点で最も有力な見解は、何らかの合意によって更新されたといえるもの(たとえば、業務委託契約等)については更新後の契約について新法を適用し、法令によって強制的に更新されたといえるもの(たとえば、借地借家法26条1項によって更新された建物賃貸借契約)については更新後も旧法を適用する、というものです(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018年)383頁参照)。しかし、賃貸借契約を例にとってみると、附則34条2項は、施行日後に更新された賃貸借契約について新法604条2項が適用されるとしています。この反対解釈として、更新後は新法604条2項を除きすべて新法が適用されない(旧法が適用される)という読み方もできそうで、実務に混乱を生じることが懸念されます。

2020年3月26日

※ この記事は、2020年3月26日時点の法令に基づいて解説をしています。


弁護士,大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

消滅時効 (改正民法の施行に伴う実務上の注意点)

はじめに

 令和2年(2020年)4月1日から、改正民法(平成29年法律第44号)が施行されます。

平成29年(2017年)改正で変更された事項の1つに、消滅時効制度があります。今回は、債権の消滅時効について、どのような場合に新法が適用され、どのような場合に旧法が適用されるのかを説明します。

1 改正法の内容

 債権の消滅時効に関する新条文は、次のとおりです(なお、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効については、民法724条に規定がおかれています)。

第166条

1 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。

 ① 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき

 ② 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき

2(以下略)

2 改正の要点

 改正前の民法は、166条1項で「消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する」と定め、167条1項で、「債権は、10年間行使しないときは、消滅する。」と規定していました。

 したがって、平成29年(2017年)民法改正により、消滅時効期間は「主観的起算点から5年、客観的起算点から10年」というルールに変更された、ということができます。

 また、この改正に伴い、民法170条~174条(旧規定)に定められていた短期消滅時効制度が廃止され、商事消滅時効の規定(商法522条)が削除されたことも、重要な変更点です。

3 附則(平成29・6・2法44)

 それでは、施行日をまたいで存在する債権の消滅時効は、どのように考えるべきでしょうか。

 附則10条4項は、「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。」と定めています。

 しかし、ここで注意をしなければならないのが、「施行日前に債権が生じた場合」の意味です。というのも、附則10条1項は、「施行日前に債権が生じた場合施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)におけるその債権の消滅時効の援用については、新法第145条の規定にかかわらず、なお従前の例による。」と規定しており、附則10条4項の「施行日前に債権が生じた場合」についても同じ定義があてはまることになるからです。

 したがって、消滅時効に関する改正法の規定は、(1)施行日前に債権が生じていた場合はもちろん、(2)施行日後に債権が生じた場合であっても、その原因である法律行為が施行日前にされているときは、適用されない(従前の例による)ということになります。

4 具体例

 具体例を挙げると、次のようなことになります。

[例]請負契約の報酬請求権は、特約がない限り、仕事を完成したときに発生します(民法632条)。したがって、2020年3月1日に請負契約を締結し、2020年5月1日に完成した仕事の対価(請負報酬)の請求権は、施行日(2020年4月1日)より後に発生した債権ということになります。しかし、その原因である法律行為(請負契約)が施行日前にされているので、この債権については旧規定の170条2号が適用されます。したがって、この債権については、権利を行使することができる時(通常は、2020年5月1日)から3年の経過をもって、消滅時効が完成することになります。

5 契約の自動更新の場合は?

 業務委託契約等において、自動更新条項が設けられていることがあります。新法施行前に締結され、新法施行後に更新された契約については、新法・旧法のどちらが適用されることになるのでしょうか。

 この点について、附則には明文の定めはなく、非常に難しい問題であるといえますが、現時点で最も有力な見解は、何らかの合意によって更新されたといえるもの(たとえば、業務委託契約等)については更新後の契約について新法を適用し、法令によって強制的に更新されたといえるもの(たとえば、借地借家法26条1項によって更新された建物賃貸借契約)については更新後も旧法を適用する、と考えるようです(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務、2018年)383頁参照)。

2020年3月25日

馬場 陽 

大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

※ この記事は、2020年3月25日時点の法令に基づいて解説をしています。