名古屋の企業法務、離婚、相続、交通事故は、大津町法律事務所(弁護士 馬場陽)愛知県弁護士会所属

名古屋の企業法務、離婚、相続、交通事故は、大津町法律事務所

〒460-0002 名古屋市中区丸の内三丁目5番10号 大津町法律事務所(☎052-212-7840)営業時間 平日9:30~17:00

債権回収

事業上の債務の個人保証 ―改正民法(債権法)での変更点―

馬場 陽[1]

はじめに

 実務上、事業主の近親者等が事業上の債務を保証(多くの場合、連帯保証)することがよくあります。このような事業上の債務の保証は、中小企業の資金調達を容易にする反面、保証人がリスクを十分に自覚しないまま安易に保証契約を締結してしまうことによって、事業の破綻と同時に保証人の生活まで破綻させてしまう例が多かったといわれています。そこで、2020年4月1日施行の改正民法(平成29年法律第44号)では、保証人になろうとする者の保証意思の確認手続を法定することによって安易な保証を防止するとともに、事業と一定の関係を有する個人については例外的にこの規定の適用を除外して、スムーズな資金調達を阻害しないよう調整を図っています。

1 公正証書の作成と保証の効力(民法465条の6[改正後、以下同じ])

(1)適用範囲

改正民法は、次の4種の保証契約・根保証契約について、後記(2)の要件を満たさなければ、その効力を生じないとしています

  •  ① 事業のために負担した貸金等債務を主たる債務とする保証契約(465の6Ⅰ)
  •  ② 主たる債務の範囲に①の貸金等債務が含まれる根保証契約(465の6Ⅰ)
  •  ③ ①又は②の保証人の主債務者に対する求償権に係る債務を主たる債務とする保証契約(465の8Ⅰ前段)
  •  ④ 主たる債務の範囲に③の求償権に係る債務が含まれる根保証契約(465の8Ⅰ後段)。

なお、これら規定は、保証人になろうとするものが法人である場合には、適用されません(465の6Ⅲ、465の8Ⅱ)

(2)要件

  •  ① 保証人となろうとするものが公正証書で保証債務を履行する意思を表示していること(465の6Ⅰ)
  •  ② ①の公正証書が、契約の締結に先立ち、その締結の日前1箇月以内に作成されていること(465の6Ⅰ)
  •  ③ ①の公正証書が、民法に定める一定の方式に従って作成されていること(456の6Ⅱ、465の7)[方式の詳細は、条文をご確認下さい]

2 適用除外―経営者保証等(民法465の9)

 前記1(1)の4類型に当てはまる保証契約・根保証契約であっても、以下の場合は、前記1(2)の公正証書によることを要しません。

  •  ① 主債務者である法人の役員等(理事、取締役、執行役又はこれらに準ずる者)(1号)
  •  ② 主債務者である法人の支配株主[総株主の議決権の過半数を有する者]等(支配株主である株式会社の支配株主等を含む)(2号)
  •  ③ 主債務者の共同事業者(主債務者の配偶者で現に事業に従事している者を含む)(3号)

 ③の「配偶者」は、法律上の配偶者でなければならない(内縁を含まない)とされています。また、「事業に従事している」とは、書類上従事しているだけでは足りず、また、保証のため一時的に従事したのでも足りないと解されています(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権法)改正』〔商事法務、2018年〕155-156参照)。

 立法理由として、これらの個人であればリスクを理解しないまま情誼によって保証人になることが少ない、と説明されています。しかし、単に事業に従事しているだけの配偶者(③)についても本当に同じことが言えるのか(むしろ、配偶者だからこそ情誼に流されるのではないか)といった点については議論があり、実質的に共同事業者と言える場合に限定して解すべきであるという学説もあります(塩見佳男『民法(債権関係)改正法の概要』〔きんざい、2017年〕144頁参照)。そのように解した場合は、法律上の配偶者と内縁の配偶者を区別する意味は、ほとんどなくなるでしょう。他方で、そのように解することができるならば、わざわざ「配偶者」を「共同事業者」と別に定める必要はなかったはずで、やはり③には共同事業者とはいえない配偶者まで含むと解すべきではないか、とも考えられそうです(その場合でも、事業への関与の度合によって3号の要件を限定していくことはあり得るでしょう。中田裕康ほか『講義 債権法改正』〔商事法務、2017年〕197-198頁参照)。

3 経営者等でなくなったら?

 経営者等が事業上の債務の保証契約・根保証契約を締結した後、取締役を辞任したり、株主でなくなったり、主債務者と離婚をした場合、保証債務はどうなるのでしょうか。

 この場合、保証債務が消滅することはなく、改めて公正証書を作成する必要もありません。

 個人根保証契約の場合には、元本確定期日に関する規定(465条の3ⅠⅡ)によって一定の保護が図られているほか、明文の定めはありませんが、根保証契約締結から相当期間経過後に元本確定請求をすることができるとされています。また、根保証契約の前提となった身分が失われたときは、特別解約権を行使して元本を確定することができる場合があります(大判昭和16年5月23日民集20巻637頁)。

2020年3月29日

※ 2020年3月29日時点の法令に基づく解説です。


[1] 弁護士、大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

個人根保証―改正民法(債権法)施行にともなう契約書式の見直し

馬場 陽[1]

はじめに

 2020年4月1日から、改正民法(平成29年法律第44号)が施行されます。改正点の多くは従来の実務を変更するものではありませんが、一部、従来の実務を変更する改正も含まれています。その1つに、保証契約の規定の見直しがあります。保証契約に関する新法の規定は、強行法規であり、これに反する保証契約は無効となる可能性が高いことから、2020年4月1日以降に保証契約を締結する場合、新民法の規定に抵触しないよう内容を点検する必要があります。以下では、個人根保証について確認していきます。

1 改正民法(以下「新法」という)の規定

新法は、次のように定めています(465条の2)。

  1.  一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
  2.  個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
  3.  第446条第2項及び第3項の規定は、個人根保証契約における第1項に規定する極度額の定めについて準用する。

2 改正の要点

 旧法では、個人を保証人とする貸金等根保証契約(主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれる保証契約のこと)についてのみ、極度額の定めが必要とされていましたが、改正により、個人を保証人とする根保証契約全般について極度額の定めが必要とされました(新法465条の2第1項)。極度額の定めのない個人根保証契約は、無効です(同第2項)。

 この極度額の定めは、書面または電磁的記録でしなければ、その効力を生じません(新法465条の2第3項、446条2項、3項)。

  個人根保証のうち、主たる債務の範囲に貸金等債務が含まれる個人貸金等根保証について、元本確定期日を定める場合には、その期日は、個人貸金等根保証契約締結日から5年以内でなければならず、5年を経過する日より後の日と定めた場合には、元本確定期日の定めが無効となります(新法465条の3第1項)。元本確定期日の定めがない場合、元本確定期日は個人貸金等根保証契約締結日から3年を経過した日とされています(新法465条の3第2項)。

3 極度額の定め方

① 『極度額』は何を含むか

 極度額の定めは、「主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る」ものでなければなりません(新法465条の2第1項括弧書)。

 旧法下の貸金等根保証に関して、「『極度額』の定めは、保証人が負担する保証債務の範囲の全部を対象とし、その上限の金額が一義的に明確でなければならず、かかる方式に依らない元本の「極度額」のみの定めは、・・・「極度額」の定めには当たらない」とした下級審裁判例があります(熊本地判平成21年11月24日判時2085号124頁)。

② 金額はいくらが相当か

 極度額をいくらに定めるかは、悩ましい問題です。民法に定めはありませんが、不当に高額なものは無効になるおそれがあります(90条)。また、極度額は確定的な金額を記載しなければならないと解されています。不動産賃貸実務においては「賃料3か月分」等の記載をする例がありますが、根保証契約の書面に賃料月額の記載がなければ、無効と考えるべきでしょう。賃料月額の記載があったとしても、増額後の賃料の3か月分であると読めるときは、増額後の賃料がわからないので、根保証契約が無効になると考えられます[2]

4 情報提供義務(新法465条の10)

 今回の改正で、465条の10が新設されました。

 それによると、主債務者は、主債務に事業上の債務が含まれる保証・根保証を委託するときは、保証人となる者(個人に限ります)に次の①~③の情報を提供しなければなりません(1項、3項)

  • ① 財産及び収支の状況
  • ② 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
  • ③ 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容

 主債務者が①~③の情報を提供せず、又は不実の情報を提供したために、委託を受けた個人が①~③の事項について誤認し、それによって保証契約が締結されたとします。この場合において、前記の情報提供がないこと又は不実の情報が提供されたことを債権者が知り得たときは、保証人は、保証契約を取り消すことができます。したがって、債権者としては、主債務者に真実を告知したことを表明させるといった対応を検討すべき場面が出てくるものと思われます。

5 相対的効力

 連帯保証に関し、もう1つ、改正による重要な変更がありました。

 旧法458条は、履行の請求(旧434条)、時効の完成(旧439条)等について、連帯保証人に生じた事由の効力が主債務者にも及ぶと規定していました。この場合、たとえば債権者が連帯保証人に対して履行の請求をすれば、主債務者の消滅時効も停止(旧法153条)ないし中断(旧法147条1号)されることになります。

これに対し、新法458条は、連帯保証人に生じた事由の効力について、441条を準用しています。441条は相対的効力を定めた規定ですから、この改正により、連帯保証人に生じた事由の効力(たとえば、先に挙げた履行の請求)は、主債務者に対して効力を生じないことになります。

この規定は任意規定ですから(441条)、特約を設けることによって旧法下と同じ取扱いをすることもできます。

6 経過措置

 新法施行前に締結された契約が新法施行後の合意によって更新された場合、更新後の契約について新法が適用されると考えるのが最も有力な見解です。これに対して、賃貸借契約の保証人は、あくまでも保証契約締結時に保証意思を表示しているのであって、新法施行後に更新の意思を表示しているわけではありません。そのような保証人が賃貸借契約更新後の主債務について保証債務を負うのは、あくまでも保証契約締結時の意思解釈によるものです(最判平成9年11月13日判時1633号81頁参照)。そこで、前記の見解も、新法施行前に賃貸借契約と保証契約が締結され、新法施行後に賃貸借契約だけが更新された場合、保証契約について旧法が適用されると考えています(筒井健夫・村松秀樹編著『一問一答 民法(債権法)改正』〔商事法務、2018年〕384頁〔注2〕参照)。個人保証人の保護という改正の趣旨からすると若干の違和感はありますが、保証意思を表示した時点の法令によるという結論は、妥当であると考えます。

2020年3月26日

改訂 2020年3月29日

※ 2020年3月26日時点の法令に基づく解説です。


[1] 弁護士、大津町法律事務所(愛知県弁護士会)

[2] 極度額を賃料3か月分等とする記載に加えて賃料月額の記載があるものの、それが増額後の賃料によるか増額前の賃料によるか何も書かれていない場合、どう考えるべきでしょうか。主債務が根保証契約締結後に加重されたときであっても保証人の負担が加重されないこと(新法448条2項)を考えると、途中で賃料が増額されても根保証契約の極度額は変わらないと考えるべきでしょう(「極度額いくらにする?【賃貸借契約の保証人】随時更新」『不動産どうなる』https://igms.jp/711/doc-4/〔2019/10/25追記分〕)〔2020年3月26日アクセス〕参照)。そうすると、賃料増額によって保証債務の極度額が影響を受けることはないので、確定的な金額の記載があると解するのが正しいように思います。もっとも、改正の趣旨でもある個人保証人保護の流れからすれば、曖昧な記載は無効と判断される可能性もありますので、注意が必要です。

消滅時効を中断しよう

1 時効の中断とは?

 2月1日の記事では、意外と短い取引上の債務の消滅時効についてお話をさせていただきました。
 今回は、消滅時効を止める(「中断」といいます)方法について、お話をしたいと思います。

2 3つの中断事由

 時効の中断事由として民法が定めるのは、

  • 請求
  • 差押え、仮差押え又は仮処分
  • 承認

です(民法147条)。いずれも、時効が完成する前に行わなければ、中断の効力を生じません。

(1)請求

 「請求」とは、債務者に対して債務の履行を求めることをいいます。一般に、「請求」という場合、裁判外で督促状を出すようなものも含まれますが、時効中断事由としての「請求」は、訴訟の提起、支払督促の申立等、裁判手続を利用して履行を求めるものに限られます。
 というのも、民法は、裁判外の「催告」は、その後、6か月以内に「裁判上の請求」や「支払督促の申立て」など裁判所での手続をとらなければ、時効中断の効力を生じないと定めているからです。
実務上は、時効完成までに速やかに裁判をすることが難しい場合には、内容証明郵便でいったん催告をしておき、それから6か月以内に裁判を提起するという流れが一般的です。

(2)差押え、仮差押え又は仮処分

 「差押え、仮差押え又は仮処分」とは、要するに、債務者の財産に対する強制執行の手続や、強制執行の準備のために債務者の財産を保全する手続です。これらも、裁判所の関与で行わなければなりません。

(3)承認

  (1)と(2)が、債務者の協力がない場合に検討すべき時効の中断の方法であったのに対し、「承認」は、債務者に改めて債務があることを認めてもらうやり方で、主に債務者の協力が得られる場合に、裁判によらない簡便な方法として利用されます。
 実務上は、のちに承認の事実が争いになることを避けるため、書面で承認をもらうようにしています。

3 改正民法案では

 第189回国会に提出されている改正民法案では、「協議を行う旨の合意による時効の完成猶予」という制度が新設される予定となっています(151条)。
 それによると、権利について協議を行う旨の合意が書面でされたときは、(1)その合意があった時から1年を経過した時、(2)その合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時、(3)当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6か月を経過した時、のいずれか早い時まで、時効は完成しないこととされています。

※2016年3月15日現在の情報に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

この記事は、税理士法人BlueSky事務所報2016年3月号に執筆したものをweb用に編集し、発行者の許可を得て転載しています。

 

請負代金、売掛金、飲食代の消滅時効

1.いろいろな時効

 みなさんは、「時効」という言葉をご存じでしょうか。刑事ドラマや犯罪のニュースで話題になる「公訴時効」、物を一定の条件で一定の期間占有しているとその物の所有権が取得できる「取得時効」など、様々な種類の時効があります。
 中でも、一定の状態で一定の期間が経過すると権利が消滅してしまう「消滅時効」は、事業主のみなさんにとって、最も関心がある時効ではないでしょうか。

2.時効期間の計算方法

 消滅時効の期間は、弁済期があるときは、弁済期の翌日から計算します(民法166条1項、140条)。例えば、平成28年1月25日に弁済期を迎える債権は、平成28年1月26日を1日目として10年目となる平成28年1月25日が終わると、時効が完成します。

3.バラバラの時効期間

 2では、10年で時効が完成すると説明しました。
 これは、民法で、一般的な債権の消滅時効期間が10年とされているからです(民法167条)。
 しかし、これには、商法に特則が定められています。
 商法によると、商取引によって生じた債権は、5年で消滅することとされています(商法522条)。
 それでは、事業主のみなさんが持っている事業上の債権は、5年の商事消滅にかかると考えてよいでしょうか。
 実は、もう1つ落とし穴があります。
 民法には、短期消滅時効といって、さらに一定の取引から生じる債権について、5年よりも短い時効が定められているからです。
 民法の条文から、代表的なものを確認してみましょう。

  • 建築工事の設計料、施工料、監理料 3年(民法170条2号)
  • 生産者、卸売商人、小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権(いわゆる売掛金) 2年(民法173条1号)
  • 家庭教師や習い事の謝金 2年(民法173条3号)
  • 運送に係る債権 1年(民法174条3号)
  • 旅館の宿泊料、料理店の飲食料 1年(民法174条4号)

 ほかにもたくさんありますが、こうしてみると、取引社会で日々発生している多くの債権が、1年~3年で消滅時効にかかってしまうことがわかります。

4.民法改正ですべて5年に

 しかし、このようなバラバラの取扱いには必ずしも合理性がありません。平成27年第189回国会に提出された民法の改正案では、消滅時効の期間を原則10年から原則5年に短縮し、現在の民法170条から174条までのような短い時効期間の規定を削除することが提案されています。

5.改正前の債権は?

 改正法施行前に発生した債権については、附則により、従前の例によることとされています(附則10条4項)。
 同一の取引によって生じた債権であっても、債権発生と改正法施行の先後により、異なった時効管理が必要になりそうです。

※ 2015年12月31日現在の情報に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

(この記事は、税理士法人BLUESKY事務所報2016年1月号に馬場が執筆した原稿をウェブサイト用に一部改変し、発行者の許諾を得て転載しています。)

倒産した売掛先から商品の売主が債権を回収する方法

動産の売主であれば、転売代金の差押えまで考える。

1.取引先の倒産は最大のリスク

 企業にとって、取引先の倒産は最大のリスクです。仕入先(調達先)、売掛先(納品先)の倒産は、企業の酸素、企業の血液ともいうべき「モノ、カネ」の流れを瞬時に止めてしまいます。
 取引の規模によっては、取引先の倒産は、企業が連鎖倒産を意識する緊張の瞬間です。
 今回は、取引先の倒産の中でもとくに相談の多い、売掛金の回収について、商社、メーカーの場合を想定して解説します。

2.通常の回収手段

 債務者が任意に弁済しない(できない)場合、通常、売掛金を回収するためには、民事訴訟を提起して債務名義(通常の場合は確定判決)をとり、債務名義に基づいて強制執行をしなければなりません。
 しかし、こうしたケースでは、債務者に財産がないのが普通ですから、裁判をしている間になけなしの財産が散逸してしまい、強制執行の段階では、すでに差し押さえるべき財産がないということも少なくありません。
 こうしたリスクを避けるために、民事保全法は、仮差押等の保全手続を用意していますが、仮差押をしていても、強制執行が完了する前に債務者が破産してしまえば、売掛金について担保をとっているような例外的な場合でない限り、債務者のなけなしの財産を他の債権者と按分して、僅かな配当を受け取るのが精一杯です。

3.動産売買先取特権とは

 そこで、商社やメーカー等、製品の売主から依頼を受けた弁護士は、動産売買先取特権による差押えの手続を検討しなければなりません。
 先取特権(さきどりとっけん)とは、法律が定めている担保物権の一種で、とくに、動産の売主が、自分が販売した動産(商品)から優先的に売掛金の弁済を受けられるというものを、動産売買の先取特権と呼んでいます(民法311条5号、321条)。
 この場合、債権者である売主は、債務名義をとるために民事訴訟をする必要はなく、いきなり、その動産の差押えを裁判所に申立てることができるのです。

4.物上代位とは

 しかし、売渡した商品がすでに第三者に転売されている場合には、もはや売渡した商品を差し押さえることはできません。
 そこで、民法は、債権者に対し、債務者が転売先に対してもつ代金債権に対しても先取特権を行使することを認めています(民法304条)。
 これを、物上代位といいます。

5.回収は一刻を争います

 物上代位によって先取特権を行使するためには、転売先が債務者に代金を支払う前にこれを差押えなければならないとされており(民法304条但書)、債務者が転売先から代金を受け取ってしまったら、もはや動産売買先取特権を行使することはできません。
 そのため、動産売買先取特権によって債権を回収しようとするのであれば、遅くとも債務者が転売先から代金を受け取る前に、差押えの手続を完了していなければなりません。
 企業としては、同種事件の経験があり、迅速に対応できる弁護士を選択することが重要です。

6.実務上の問題点

 迅速に動産売買先取特権を行使する上で、実務上問題となる点は、商品の同一性です。
 発注書、請書、納品書等の資料が揃っている場合は問題が少ないのですが、業界によっては、発注書の形式が会社ごとに区々であったり、そもそも、発注書、請書が授受されていない業界も存在します。
 このようなケースでは、債権者が販売した商品と債務者が転売した商品の同一性が書類上明らかにならず、製品の規格や寸法、重量等から、商品の同一性を立証する作業が必要となります。
 この作業は、企業の担当者と弁護士が互いに迅速に対応し、数日のうちに何度も打合せを繰り返さなければできない作業であり、それだけに、「企業と弁護士の協同」という企業法務の基本が問われる事件類型です。

弁護士 馬場陽
(愛知県弁護士会所属)

※ 2015年6月11日現在施行されている法令に基づく解説です。