名古屋の企業法務、離婚、相続、交通事故は、大津町法律事務所(弁護士 馬場陽)愛知県弁護士会所属

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企業の相談

自転車輸入・販売事業者の製造物責任が肯定された事例

東京地裁平成25年3月25日判決(判例時報2197号56頁)

(事案の概要)

 X1(昭和24年生、会社代表者)は、平成14年4月28日、自転車の輸入・販売を目的とするY社から、クロスバイクと呼ばれる自転車(以下「本件自転車」という)を車両本体価格7万8300円で購入した。
 X1は、平成20年8月22日、本件自転車を運転して走行中、他の自動車や歩行者と接触することなく転倒した(以下「本件事故」という)。
 本件事故後、本件自転車のフロントフォークは、サスペンション内の左右のスプリングが折損し、インナーチューブとアウターチューブが左右とも分離した状態で発見された。
 X1は、本件事故により、右側頭蓋骨骨折等の傷害を負い、平成21年6月20日に症状固定の診断を受けたが、重度の四肢麻痺を伴う神経系統の後遺障害が残存し、専門医等の所見に基づき、自賠法施行令所定の後遺障害等級第1級1号に相当すると判断された。
 X1は、Yに対し、製造物責任法3条に基づき1億7621万2339円の損害賠償を求めたのが、本件訴訟である(遅延損害金は省略)。
 この他に、X1の妻X2が固有の慰謝料(550万円)を、保険契約に基づきX1に保険金を支払った保険会社X3がYに求償を求めている(6000万円)。

(裁判所の判断)

一部認容(X1について1億4174万円、X2について330万円、X3について3883万8016円)。
 「原告X1は,本件自転車により走行中,そのサスペンションが分離し,前輪及びこれと連結しているアウターチューブが脱落したことによって,支持を失って転倒して受傷したものであるところ,以上によれば,原告X1は,本件自転車を,その特性に従い,通常予想される使用形態で使用していたのであって,購入後の経過期間,保管やメンテナンスの状況を考慮しても,本件自転車は,走行中にサスペンションが分離したという点において,通常有すべき安全性を欠いていたといわざるを得ない」
 過失相殺(1割)

(解説)

1 本判決の位置づけ

 本判決は、自転車輸入業者に対する製造物責任を肯定した裁判例です。
 裁判では、本件自転車に、製造物責任法上の「欠陥」(製造物責任法2条2項)があったか否かが争点となりました。
 本判決は、本件事故がサスペンションの分離によって生じたことを認定した上で、自転車という製造物の特性や通常予想される使用形態、引渡時期からすれば、本件事故の原因がサスペンションの分離にあることをもって「欠陥」の主張・立証は十分であり、さらにサスペンションの分離が生じた科学的機序の詳細や構造上の不具合について主張・立証する必要はない、としています。
 製造物責任訴訟における主張・立証の在り方について標準的な考え方を示したものであり、参考になるものと思われます。

2 輸入業者・販売業者の責任

 製造物責任法は、不法行為法の特別法です。製造物責任法3条は、製造物の「欠陥」に起因して他人の生命、身体、財産を侵害したときは、製造業者等の過失の有無を問うことなく損害賠償責任を認めています。
 これは、製造物を流通におくことで危険を創出した者、安全性について信頼を与えた者、そこから利益を上げている者が、それによって生じた損害に対して責任を負うべきだという考え方(危険責任、信頼責任、報償責任)によるものです。
 この無過失責任を負う「製造業者等」の範囲は、法律によって規定されています。

 まず、製造物を「製造」「加工」した業者がこれに含まれることは容易に想像がつきます
 次に、本判決の事案のように、製造物を「輸入」したに過ぎない業者も「製造業者」に含まれます(製造物責任法2条3項1号)。
 それから、販売事業者に過ぎない者であっても、「自ら当該製造物の製造業者として当該製造物にその氏名、商号、商標その他の表示をした者又は当該製造物にその製造業者と誤認させるような氏名等の表示をした者」(製造物責任法2条3項2号)、「当該製造物にその実質的な製造業者と認めることができる氏名等の表示をした者」(同項3号)は、「製造業者等」として責任が認められます(同法3条)。
 典型的には、製造物に自社のブランドを表示した場合であり、OEM商品やプライベート・ブランドの販売者が想定されています。
3 過失相殺について

 本件では、1割の過失相殺が認められています。
 X1は、平成19年10月まで本件自転車を地下駐車場ないし玄関内に保管し、平成19年11月からは降雨時に強風があると雨が吹き込む軒下に保管していたようです。また、X1は、平成14年4月に本件自転車を購入してから平成20年8月まで6年4か月にわたり本件自転車のメンテナンスを一度も受けていませんでした。これらの事情から、X1にも「一定程度の落ち度」があったとされました。

4 今後の展望

 近年、一部の自治体で、自転車の安全な利用について定める条例が制定・施行されています(取手市、盛岡市、京都府、東京都など)。
 名古屋市でも、平成29年10月1日から、「名古屋市自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」が施行される運びとなっています。
 例えば、名古屋市の上記条例は、「自転車利用者の責務」として、自転車利用者に、自転車の定期的な点検・整備に努めることを義務づけています(名古屋市自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例第6条4項)。
これにともなって、自転車小売業者等は、上記の周知に努めるものとされています(同条例8条)。
 このような努力義務が設けられたことで、今後、メンテナンスを怠った自転車利用者について従来より大きな過失割合が認められるのか、あるいは、告知を怠った自転車小売事業者との関係では過失割合は小さいものとなるのか、現段階では不透明です。
しかし、仮にこれらの点に影響があるとすれば、自転車利用者、自転車小売事業者のどちらにとっても、定期点検を実施することがリスクヘッジになるものと思われます。

弁護士 馬場 陽(愛知県弁護士会所属)
※ この記事は、2017年9月21日の情報に基づいています。

消滅時効を中断しよう

1 時効の中断とは?

 2月1日の記事では、意外と短い取引上の債務の消滅時効についてお話をさせていただきました。
 今回は、消滅時効を止める(「中断」といいます)方法について、お話をしたいと思います。

2 3つの中断事由

 時効の中断事由として民法が定めるのは、

  • 請求
  • 差押え、仮差押え又は仮処分
  • 承認

です(民法147条)。いずれも、時効が完成する前に行わなければ、中断の効力を生じません。

(1)請求

 「請求」とは、債務者に対して債務の履行を求めることをいいます。一般に、「請求」という場合、裁判外で督促状を出すようなものも含まれますが、時効中断事由としての「請求」は、訴訟の提起、支払督促の申立等、裁判手続を利用して履行を求めるものに限られます。
 というのも、民法は、裁判外の「催告」は、その後、6か月以内に「裁判上の請求」や「支払督促の申立て」など裁判所での手続をとらなければ、時効中断の効力を生じないと定めているからです。
実務上は、時効完成までに速やかに裁判をすることが難しい場合には、内容証明郵便でいったん催告をしておき、それから6か月以内に裁判を提起するという流れが一般的です。

(2)差押え、仮差押え又は仮処分

 「差押え、仮差押え又は仮処分」とは、要するに、債務者の財産に対する強制執行の手続や、強制執行の準備のために債務者の財産を保全する手続です。これらも、裁判所の関与で行わなければなりません。

(3)承認

  (1)と(2)が、債務者の協力がない場合に検討すべき時効の中断の方法であったのに対し、「承認」は、債務者に改めて債務があることを認めてもらうやり方で、主に債務者の協力が得られる場合に、裁判によらない簡便な方法として利用されます。
 実務上は、のちに承認の事実が争いになることを避けるため、書面で承認をもらうようにしています。

3 改正民法案では

 第189回国会に提出されている改正民法案では、「協議を行う旨の合意による時効の完成猶予」という制度が新設される予定となっています(151条)。
 それによると、権利について協議を行う旨の合意が書面でされたときは、(1)その合意があった時から1年を経過した時、(2)その合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る。)を定めたときは、その期間を経過した時、(3)当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6か月を経過した時、のいずれか早い時まで、時効は完成しないこととされています。

※2016年3月15日現在の情報に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

この記事は、税理士法人BlueSky事務所報2016年3月号に執筆したものをweb用に編集し、発行者の許可を得て転載しています。

 

請負代金、売掛金、飲食代の消滅時効

1.いろいろな時効

 みなさんは、「時効」という言葉をご存じでしょうか。刑事ドラマや犯罪のニュースで話題になる「公訴時効」、物を一定の条件で一定の期間占有しているとその物の所有権が取得できる「取得時効」など、様々な種類の時効があります。
 中でも、一定の状態で一定の期間が経過すると権利が消滅してしまう「消滅時効」は、事業主のみなさんにとって、最も関心がある時効ではないでしょうか。

2.時効期間の計算方法

 消滅時効の期間は、弁済期があるときは、弁済期の翌日から計算します(民法166条1項、140条)。例えば、平成28年1月25日に弁済期を迎える債権は、平成28年1月26日を1日目として10年目となる平成28年1月25日が終わると、時効が完成します。

3.バラバラの時効期間

 2では、10年で時効が完成すると説明しました。
 これは、民法で、一般的な債権の消滅時効期間が10年とされているからです(民法167条)。
 しかし、これには、商法に特則が定められています。
 商法によると、商取引によって生じた債権は、5年で消滅することとされています(商法522条)。
 それでは、事業主のみなさんが持っている事業上の債権は、5年の商事消滅にかかると考えてよいでしょうか。
 実は、もう1つ落とし穴があります。
 民法には、短期消滅時効といって、さらに一定の取引から生じる債権について、5年よりも短い時効が定められているからです。
 民法の条文から、代表的なものを確認してみましょう。

  • 建築工事の設計料、施工料、監理料 3年(民法170条2号)
  • 生産者、卸売商人、小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権(いわゆる売掛金) 2年(民法173条1号)
  • 家庭教師や習い事の謝金 2年(民法173条3号)
  • 運送に係る債権 1年(民法174条3号)
  • 旅館の宿泊料、料理店の飲食料 1年(民法174条4号)

 ほかにもたくさんありますが、こうしてみると、取引社会で日々発生している多くの債権が、1年~3年で消滅時効にかかってしまうことがわかります。

4.民法改正ですべて5年に

 しかし、このようなバラバラの取扱いには必ずしも合理性がありません。平成27年第189回国会に提出された民法の改正案では、消滅時効の期間を原則10年から原則5年に短縮し、現在の民法170条から174条までのような短い時効期間の規定を削除することが提案されています。

5.改正前の債権は?

 改正法施行前に発生した債権については、附則により、従前の例によることとされています(附則10条4項)。
 同一の取引によって生じた債権であっても、債権発生と改正法施行の先後により、異なった時効管理が必要になりそうです。

※ 2015年12月31日現在の情報に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

(この記事は、税理士法人BLUESKY事務所報2016年1月号に馬場が執筆した原稿をウェブサイト用に一部改変し、発行者の許諾を得て転載しています。)

マイナンバー制度実施で事業者がしなければならないこと

1.マイナンバーって何?

 「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」に基づいて、2016年1月から、社会保障、税及び災害対策に関する事務でマイナンバーの利用がはじまります。
 この法律は、行政機関個人情報保護法、独立行政法人個人情報保護法、個人情報保護法の特例を定める法律で(1条)、法2条5項に定める「個人番号」を、マイナンバーと通称しています。

2.マイナンバー制度で事業者がしなければならない対応

 マイナンバー制度の実施により、事業者には、どのような対応が求められるのでしょうか。

(1)従業員関係その1(税関係)

 マイナンバー制度の実施により、事業者が最も対応を必要とすると予想されるのが、従業員関係です。
 従業員関係で事業者が作成する書類(税関係)のうち、

  • 給与所得の源泉徴収票
  • 退職所得の源泉徴収票
  • 退職手当金等受給者別支払調書
  • 給与支払報告書
  • 退職所得の特別徴収票

について、事業者は、従業員のマイナンバーを記載して、税務官庁に提出をすることになります。
 また、事業者が作成する書類ではありませんが、従業員が事業者に提出する書類のうち、

  • 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書
  • 従たる給与についての扶養控除等(異動)申告書
  • 給与所得者の配偶者特別控除申告書
  • 給与所得者の保険料控除申告書
  • 給与所得者の(特定増改築等)住宅借入金等特別控除申告書
  • 退職所得の受給に関する申告書

といったものについては、従業員がマイナンバーを記載して提出する必要があり、事業者は、その限りで従業員からマイナンバーの提供を受けることになります。
 この場合、従業員だけでなく、従業員の配偶者や扶養親族のマイナンバーも必要になりますので、事業者は、これらの情報についても提供を受けることになります。
 マイナンバーの提供を受けた事業者には、本人確認を行うことが義務付けられていますので、事業者は、その都度、本人確認等の措置をとらなければなりません(16条)(本人確認の方法については、3で説明します)。
 また、マイナンバーの提供を受けた事業者は、予め定められた安全管理措置に従ってマイナンバーを管理することが求められます(12条)(安全管理措置についても、3で説明します)。

(2)従業員関係その2(社会保険関係)

 社会保険関係では、例えば、

    • 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届
    • 健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届
    • 雇用保険被保険者資格取得届
    • 雇用保険被保険者資格喪失届

といった書類について、従業員のマイナンバーを記載する必要があります。
 ほかにも、従業員が健康保険被扶養者(異動)届や国民年金第3号被保険者に関する届出を提出するときは、事業者が被扶養者のマイナンバーの提供を受けることになります。事業者は、前者の場合には、被扶養者の本人確認をする必要はありませんが、後者の場合には、被扶養者の本人確認まで行う必要があると考えられています(鈴木涼介「中小企業とマイナンバーQ&A」(清文社)283頁参照)。

(3)支払先関係

 支払先との関係では、事業者は、

      • 報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書
      • 不動産の使用料の支払調書
      • 不動産等の譲受けの対価の支払調書
      • 不動産等の売買又は貸付けのあっせん手数料の支払調書
      • 配当金、剰余金の分配及び基金利息の支払調書

といった書類について、支払先の個人番号(法人の場合は法人番号)を記載しなければなりません。

3.マイナンバーの取扱いで注意すべき点

 マイナンバーの取扱いについて注意すべき点はたくさんありますが、主要なものとして、

      • 提供の求めの制限(15条)
      • 本人確認の措置(16条)
      • 提供の制限(19条)
      • 収集の制限(20条)
      • 情報の安全管理(33~34条)

があります。
 以下、順に説明します。

(1)提供の求めの制限(15条)

 法律で定められた場合を除いて、他人にマイナンバーの提供を求めることはできません。
 なお、ここでいう「他人」には、同一世帯に属する者は含まれません。

(2)本人確認の措置(16条)

 本人からマイナンバーの提供を受けるときには、本人確認の措置をとることが義務付けられています。
 本人確認にあたっては、「番号の確認」と「身元の確認」を行うことを意識しましょう。番号と身元を確認する方法としては、

      • (a)個人番号カードの提示を受ける
      • (b)通知カードと身元確認書類(運転免許証やパスポート)の提示を受ける
      • (c)番号確認書類(住民票の写し等)と身元確認書類(運転免許証やパスポート)の提示を受ける

といったものがあります。
 事業者と雇用関係にあり、人違いでないことが明らかな場合には、従業員等の身元確認は省略することができるとされています(番号の確認は必要です)。

(3)提供の制限(19条)

 法律に定められた場合を除いて、マイナンバーを提供することは禁止されています。
 第三者情報の提供だけではなく、自己に関する情報の提供も禁止されます。
 したがって、個人事業者が支払先に対して交付する支払調書の中に支払者である自分のマイナンバーが記載されている場合、当該部分をマスキングするなどして支払調書を交付しなければ、提供制限に違反することになってしまいます(鈴木・前掲書258頁参照)。
 法人番号については、このような制限はありませんので、法人である事業者の場合は、自社の法人番号をマスキングをして支払調書を交付する必要はありません。

(4)収集の制限(20条)

 法律に定める場合を除いて、マイナンバーを収集・保管することは禁止されています。

(5)情報の安全管理(33~34条)

 ガイドラインでは、事業規模に応じて情報の安全管理措置をとることが求められています。
 事業規模は、従業員数で判断され、資本金額は考慮されないことに注意が必要です。
 従業員100名以下の事業者は、中小規模事業者となり(※)、取扱規程の策定が義務付けられないなど求められる水準が若干緩和されていますが、基本的な対策についての考え方はほとんど変わりません。
 具体的な対応として、

        • 組織的安全管理措置(組織体制の整備、取扱規程に基づく運用)
        • 人的安全管理措置(担当者の監督、教育)
        • 物的安全管理措置(特定個人情報を取り扱う区域の管理、機器及び電子媒体等の盗難等の防止、番号の削除、機器・媒体の廃棄方法)
        • 技術的安全管理措置(アクセス制御、不正アクセスの防止、暗号化やパスワードによる情報漏洩の防止)

などが考えられます(鈴木・前掲書189~204頁参照)。

※ 中小規模事業者 従業員100名以下であっても、a)委託に基づいて個人番号関係事務又は個人番号利用事務を業務として行う事業者(税理士や社会保険労務士もここに入ります)、b)金融分野の事業者、c)個人情報取扱事業者、d)個人番号利用事務実施者は、中小規模事業者には含まれません。

4.税理士、社会保険労務士に相談を

 以上のとおり、マイナンバー制度の概要を説明してきましたが、当然ながら、これですべてを網羅しているわけではありません。
例えばマイナンバーの提供を拒まれたときはどうするのか、といった問題も残されています。

 制度がはじまったばかりの段階では、混乱も予想されますので、なるだけお早めに、税理士、社会保険労務士等の専門家と相談して対応を検討することをおすすめします。
 法令の解釈について疑義が生じた場合は、関係官庁や弁護士に問い合わせるなどして、リスクを低減するように努めましょう。

参考リンク:マイナンバー社会補償・税番号制度
参考文献:鈴木涼介「中小企業とマイナンバーQ&A」(ぎょうせい)

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

※ 2015年9月12日現在公表されている情報に基づく解説です。個別の問題につきましては、実施に先立って専門家にお問い合わせいただくことをおすすめします。

企業のセクハラ対策

事業主には、厚労省の指針に従ったセクハラ対策が求められます。

1.セクハラ対策の必要性

 平成26年度の均等室調停会議による調停の申請受理件数68件のうち、セクシュアルハラスメント(以下「セクハラ」という)の案件は、全体の64.7パーセントに当たる44件といわれています。
 事業主は、職場のセクハラ問題について労働者からの相談に応じ、必要な体制を整備するなどの雇用管理上必要な措置を講じる義務を負っています(男女雇用機会均等法11条)。
 企業には、リスク管理の一環として、セクハラ対策を進めることが求められています。

2.対価型セクハラと環境型セクハラ

 職場におけるセクハラには、対価型セクハラと環境型セクハラがあります。

(1)対価型セクハラ

対価型セクハラとは、職場において行われる労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、当該労働者が解雇、降格、減給等の不利益を受けることであって、典型例としては、

  • 事業主が労働者に性的な関係を要求したが拒否されたため、解雇する
  • 上司が部下の体を触ったが抵抗されたため、部下について不利益な配置転換をする
  • 事業主が労働者の性的な事柄を公然と発言したところ抗議されたため、降格する

などがあります(「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」平成18年厚生労働省告示第615号2(5))。

(2)環境型セクハラ

 環境型セクハラとは、職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることです。
典型例としては、

  • 上司から体を触られたため苦痛に感じて就業意欲が低下している
  • 同僚から取引先に対して性的な内容の情報を意図的かつ継続的に流布され、苦痛に感じて仕事が手につかない
  • 抗議しているにもかかわらず、事務所にヌードポスターが掲示されているため、苦痛に感じて業務に専念できない

などが挙げられています(前記告示2(6))。

3.事業主が講ずべき措置

 事業主が雇用管理上講ずべき措置は、大きく、

  1. )事業主の方針の明確化及びその周知・啓発
  2. )相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  3. )事後の適切かつ迅速な対応
  4. )1~3までの措置と併せて講ずべき措置

に分かれます。

(1)事業主の方針の明確化及びその周知・啓発

 セクハラの内容及びセクハラがあってはならない旨の方針を周知・啓発するほか、就業規則等にセクハラに対する懲戒規定を整備し、セクハラを行った者に対しては処分の可能性があることを周知・啓発する必要があります。

(2)相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

 相談窓口を設置したり、外部専門家(弁護士等)に相談窓口業務を委託するだけでなく、相談担当者と人事部門との連携を強化したり、対応マニュアルを作成するなどして、相談窓口が適切に機能するよう配慮することが求められます。

(3)事後の適切かつ迅速な対応
・事実関係の迅速かつ正確な調査

まずは、被害者と行為者から事実関係を聴取します。事実関係に争いがある場合は、さらに調査の範囲を広げる必要があります。
 事実調査が不十分なまま拙速に行為者を処分したり、うやむやに事態の収束を図ろうとすると、かえって紛争の種が拡大しかねません。
 事業主の努力によっても事実関係の確認が困難な場合には、中立の第三者機関に紛争処理を委ねることも検討しましょう。

・被害者に対する配慮の措置

 被害者の労働条件の回復、行為者から被害者への謝罪、行為者と被害者の隔離のための配置転換、メンタルヘルス不調への対応のほか、被害者に対して適正な解決案を講じることを検討しましょう。

・行為者に対する適正な措置

 就業規則等の規定に基づき行為者に対する懲戒処分を検討するほか、被害者への謝罪や行為者と被害者の隔離のための配置転換も検討しましょう。

・再発防止のための措置

 社内報、パンフレット、ウェブサイトによる周知の徹底、研修会、講習会の実施等がこれに当たります。

(4)1~3までの措置と併せて講ずべき措置
・プライバシーの保護

 相談者・行為者のプライバシーが守られるよう相談担当者用のマニュアルを策定したり、相談担当者に必要な研修・講習を受講させることなどがこれに当たります。

・不利益取扱いの禁止の周知・啓発

 セクハラを相談したり、調査に協力したことをもって労働契約上不利益な取扱を受けないことを就業規則等に明記し、周知・啓発することがこれに当たります。

4.事件・紛争に発展したときは

 不幸にして事件に発展したときも、基本的な考え方は上記(1)~(4)と変わりません。
 迅速かつ正確に事実関係を調査し、被害感情にも配慮しながら、労働法令、就業規則等の諸規定に基づいて適切な対応を心がけましょう。

この記事の作成にあたっては、厚生労働省 都道府県労働局雇用均等室「事業主の皆さん職場のセクシュアルハラスメント対策はあなたの義務です!!」を参照いたしました。

なお、この記事は、2015年7月14日現在施行されている法令に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

中小企業の社長が解雇で気をつけること

普通解雇、懲戒解雇、整理解雇、それぞれ解雇の有効要件を慎重に検討しましょう。

1.解雇の法的性質と種類

 使用者からの労働契約の一方的解約を解雇といいます(→解雇と他の退職事由の違いについては、「中小企業の社長が知っておきたい自主退職、解雇、合意退職の違い」をご覧ください)。
 解雇には、大きく分けて

  • 普通解雇
  • 懲戒解雇
  • 整理解雇

の三種類があります。
 以下、それぞれについて、解雇が有効となる要件をみていきましょう。 

2.普通解雇

 普通解雇は、傷病や勤務能力の欠如、勤務態度不良などを理由とする一般的な解雇です。
 多くの企業では、就業規則の中に解雇事由が定められています。
 もっとも一般的な解雇であり、期間の定めのない雇用契約については民法上自由に認められているものですが(民法627条)、労働者保護の観点から、労働法上の様々な規制を受けます。
 例えば、就業規則の中に、傷病により業務に耐えられないことが解雇事由として定めてある場合でも、傷病が使用者の業務に起因する場合には、療養期間及びその後30日間は解雇ができません(労基法19条)。
 また、労働契約法16条により、客観的合理的を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効となります(解雇権濫用法理)。
 解雇権濫用法理に関する著名な裁判例として、次のようなものがあります。
 宿直勤務のアナウンサーが寝坊してニュース番組に穴をあけるという放送事故を2週間で2回繰り返したことを理由とする普通解雇について、最高裁は、

  • 悪意ないし故意によるものではないこと
  • 先に起きてアナウンサーを起こすはずのファックス担当者も寝過していたこと
  • 事故後、謝罪をしたり、一刻も早くスタジオ入りしようとした努力が認められること
  • 寝過しによる放送の空白時間はさほど長時間とはいえないこと
  • 会社においてニュース放送の万全を期すべき何らの措置も講じていなかったこと
  • これまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪くないこと
  • 第二事故のファックス担当者はけん責処分に処せられたにすぎないこと
  • 会社において従前放送事故を理由に解雇された事例はなかったこと

などの諸事情を考慮して、解雇は必ずしも社会的に相当なものとして是認することはできないとしています(最判昭和52年1月31日労判268号17頁)
 普通解雇をする場合、30日前に解雇を予告するか、又は30日分の賃金を解雇予告手当として対象者に支払う必要があります(労基法20条)。

3.懲戒解雇

 就業規則に定める懲戒解雇事由に該当した場合に、制裁として行われる解雇を懲戒解雇といいます。
 普通解雇と比べると、30日の予告期間や30日分の解雇予告手当が保障されておらず、また退職金が不支給とされている場合が多いなど、労働者にとって不利益が大きいのが特徴です。
そのため、懲戒解雇の有効性は、普通解雇よりもさらに厳格に判断される傾向にあります。

 懲戒手続一般に共通の要件ですが、懲戒解雇が有効なものと認められるためには、就業規則に定められている懲戒解雇事由に該当することが必要です。
 したがって、従業員に重大な非違行為があっても、就業規則に懲戒解雇事由として定められていなければ懲戒解雇をすることはできません。それでも無理に懲戒解雇をすれば、その懲戒解雇は、それだけで無効となります。
 また、就業規則に定められている懲戒解雇事由に該当する場合でも、処分が有効となるためには、適正手続の履践や処分の相当性が要求されます。
 具体的には、処分に先立って告知・聴聞の機会を与えたかどうか、解雇に先立って注意やけん責等の軽い処分をして改善の機会を与えたかどうかなどが審理され、懲戒解雇以外の方法でも企業秩序が十分維持できるような場合には、懲戒解雇は社会的相当性を欠くものとして無効とされる傾向にあります。

4.整理解雇

 企業が経営不振等により人員を削減するために行われる解雇を整理解雇といいます。
 整理解雇の有効性判断を行った裁判例では、伝統的に、

  • 人員整理を行う経営上の必要性
  • 解雇を回避するための努力が尽くされたこと
  • 解雇の対象となる人員の選定が客観的かつ合理的な基準により選定されたこと
  • 労働者又は労働組合との間で誠実に協議がもたれたこと

といった4つの点が検討されています。
例えば部門廃止による整理解雇の場合でも、他部門で人員を吸収する余地があったかどうかにより、整理解雇の有効性判断に影響があるものと考えられています(東京地判平成15年9月25日労判863号19頁)

5.解雇無効のリスク

 以上のとおり、裁判における解雇の有効性判断は、使用者にとってかなり厳しいものとなることが予想されます。
 解雇が無効となれば、その従業員は、解雇の日にさかのぼって従業員の地位にあったことが確認されます。
 その結果、企業は、解雇の日にさかのぼって、その従業員に賃金を支払わなければなりません。
 対象者の給与水準と係争年月によっては、数千万円の支払いが命じられることも珍しくありません。
 解雇をめぐる紛争は、中小企業にとって致命的なダメージを残しかねませんので、なるだけ解雇前に専門家の意見を聴取することをおすすめします。

※2015年7月7日の法令に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

不動産オーナーと入居者のための原状回復の考え方

不動産賃貸借契約における原状回復トラブルを解決するためには、ガイドラインの考え方を理解することが大切です

1.敷金の返還と原状回復をめぐるトラブル

 賃貸住宅のオーナー、入居者ともに多いご相談として、敷金の返還と原状回復をめぐるトラブルがあります。
 原状回復の対象、範囲、金額は、主として退去時に問題となるため、入居時には、互いにあまり注意を払わず、互いの良心を信頼して安易に契約したり、退去時のことはなかなか言い出しにくく、きちんとしなくてはいけないとわかっていても、つい後回しにしてしまいがちです。
 そのため、退去時になって、契約の内容や損耗・毀損の有無等について、当事者の認識が一致せず、トラブルに発展することが多いように思われます。  

2.原状回復ガイドラインとは

 賃借人の原状回復義務を考えるうえで最も基本となる資料は、国土交通省(旧建設省)の「原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン」です。
 1998年に公表され、その後の理論の発展と経済情勢の変化をふまえて二度の改訂がなされています。
 このガイドラインは、あくまでも一般的な基準であり、法的拘束力を持つものではありません。
 しかし、このガイドラインの策定にあたっては、多くの裁判例や取引事例が参考にされており、不動産実務に携わる当事者や法律家にとって、必ず参照しなければならない資料であるといえます。

3.原状回復ガイドラインの考え方

 このガイドラインでは、建物価値の減少を

  1. ①-A 建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
  2. ①-B 賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
  3. ② 賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損

 の三種類に分類し、「原状回復」とは②の回復・復旧をいうと定義しています。
 このことは、経年変化や通常損耗について、賃借人は原状回復義務を負っていない、という言い方で説明することもできます。
 1つ例をみてみましょう。
 オーナーのAさんが耐用年数6年の設備を設置してから2年経過した頃に賃借人Bさんが入居し、1年後にBさんが退去したとします。
 Bさんが、当該設備を「故意・過失、善管注意義務違反」により毀損した場合、Bさんは、退去時に原状回復義務を負います。しかし、すでにこの設備については耐用年数の半分が経過しています。そこで、Bさんは、当該設備の残存価値である約50%を限度として、原状回復費用を負担することになります。
 もっとも、設備によっては、経過年数を考慮するのが適切でない場合もあります。
 例えば、耐用年数を超えても十分使用できている物を賃借人が壊した場合、賃借人は復旧の義務を免れるわけではありませんし、毀損による価値の減少が大きい消耗品等については、毀損の程度によらず全部交換が普通ですので、耐用年数の考え方をそのままあてはめるのは適切ではありません。
 前者については復旧費用が、後者については交換費用の全額が、原状回復の対象となる場合が多いものと考えられます。

4.具体例

 それでは、「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン(再改訂版)」別表一、別表二から、具体例をみてみましょう。

(1)壁、天井のクロス

 壁、天井のクロスについては、テレビや冷蔵庫の電気ヤケ、ポスターの画鋲、エアコンのビス穴、日照による変色などが通常損耗とされています。
 結露を放置して生じたカビ、タバコのヤニ、タバコ臭、釘穴、ネジ穴、落書などは、通常損耗とはいえず、原状回復の対象となります。動物のし尿や爪による破損、汚損も、通常損耗とは言い難く、原状回復が必要な損耗・毀損といえるでしょう。
 クロスの耐用年数は6年、補修の範囲は平方メートル単位が原則とされています。
 しかし、つぎはぎが目立つような場合には、壁・天井の一面までは、賃借人に原状回復義務を負わせることも不当でないと考えられています。

(2)床のフローリング、カーペット、クッションフロア、畳床

 ワックスがけ、家具の設置によるへこみ、変色などは、通常損耗とされています。
 引っ越しの際のひっかきや、食べこぼしを放置して発生したシミ、カビ、(雨が吹き込むのを放置したなどの)不注意による色落ち、落書きなどは、通常損耗とはいえず、原状回復の対象となります。
 カーペット、クッションフロア、畳床の耐用年数は6年、補修範囲は、カーペット、クッションフロアなら1部屋単位、畳床なら1枚単位です。
 フローリングには耐用年数はなく、補修は1平方メートル単位で行います。耐用年数を考慮しないのは、平方メートル単位で新調してもフローリングの価値が向上しないからで、破損箇所が複数にわたり全体の張替が必要な場合などは、建物の耐用年数を参考にしてこれを考慮するのが適切です。  

(3)畳表、襖、障子

 消耗品であり、減価償却資産とならないので、耐用年数は考慮されません。
 汚損、毀損がある場合には、張替費用は賃借人の負担と考えられています。
 いずれも1枚単位での補修が原則ですが、襖の模様合せを行う場合は、居室全体の張替が必要になることもあるでしょう。

5.通常損耗補修特約がある場合

 以上は、通常損耗の補修を賃借人に負担させる特約(通常損耗補修特約)がない場合の考え方です。
 通常損耗補修特約がある場合には、通常損耗であっても、賃借人が補修費用を負担しなければならない場合が出てきます。
 しかし、ここでも、特約があれば、常に通常損耗の補修を賃借人に負担させることができるかというと、そういうわけではありません。
 最判平成17年12月16日(判タ1200号127頁)は、不動産賃貸借契約書の中に、通常損耗の補修費用を賃借人に負担させる旨の条項が含まれていた事案でしたが、最高裁は、通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されていないとして、特約の成立を否定しました。
 その後の下級審でも、最高裁と同じ理屈で特約の成立を否定したり、消費者契約法10条により特約を無効にするなどして、特約の成立および有効性を限定的に解するものが続きました。
 そこで、近年は、これらの裁判例をふまえて、不動産オーナーも賃貸借契約書の研究・改良を重ね、賃借人の負担範囲を相当具体的に定める書式も多く見られるようになりました。
 賃借人の負担の範囲が一義的に明確である場合や、賃借人が事業者であるために消費者契約法の適用がないような場合には、通常損耗補修特約の成立及び有効性が認められることも十分あり得るものと考えられます。

6.トラブルを未然に防止するには

 いずれにしても、長くお付き合いのあったオーナーさんや入居者さんとトラブルになるのは、互いに気持ちのいいものではありません。
 契約締結・入居の段階から、確認リストやチェックシートを利用して物件の状態を明らかにしておくとか、賃貸借契約書に原状回復の対象、範囲、金額の目安を明記するなどして、トラブルを未然に防止する努力をしたいものです。
 退去・明渡しにあたっても、賃貸人、賃借人の立会のもと、確認リストやチェックシートを利用し、図面や写真を利用して、退去時の損耗状況を客観的に保全しておくことが大切です。

* この記事の作成にあたっては、国土交通省住宅局「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン(再改訂版)」(2011年8月)を参照しました。

※2015年6月29日現在施行されている法令に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

倒産した売掛先から商品の売主が債権を回収する方法

動産の売主であれば、転売代金の差押えまで考える。

1.取引先の倒産は最大のリスク

 企業にとって、取引先の倒産は最大のリスクです。仕入先(調達先)、売掛先(納品先)の倒産は、企業の酸素、企業の血液ともいうべき「モノ、カネ」の流れを瞬時に止めてしまいます。
 取引の規模によっては、取引先の倒産は、企業が連鎖倒産を意識する緊張の瞬間です。
 今回は、取引先の倒産の中でもとくに相談の多い、売掛金の回収について、商社、メーカーの場合を想定して解説します。

2.通常の回収手段

 債務者が任意に弁済しない(できない)場合、通常、売掛金を回収するためには、民事訴訟を提起して債務名義(通常の場合は確定判決)をとり、債務名義に基づいて強制執行をしなければなりません。
 しかし、こうしたケースでは、債務者に財産がないのが普通ですから、裁判をしている間になけなしの財産が散逸してしまい、強制執行の段階では、すでに差し押さえるべき財産がないということも少なくありません。
 こうしたリスクを避けるために、民事保全法は、仮差押等の保全手続を用意していますが、仮差押をしていても、強制執行が完了する前に債務者が破産してしまえば、売掛金について担保をとっているような例外的な場合でない限り、債務者のなけなしの財産を他の債権者と按分して、僅かな配当を受け取るのが精一杯です。

3.動産売買先取特権とは

 そこで、商社やメーカー等、製品の売主から依頼を受けた弁護士は、動産売買先取特権による差押えの手続を検討しなければなりません。
 先取特権(さきどりとっけん)とは、法律が定めている担保物権の一種で、とくに、動産の売主が、自分が販売した動産(商品)から優先的に売掛金の弁済を受けられるというものを、動産売買の先取特権と呼んでいます(民法311条5号、321条)。
 この場合、債権者である売主は、債務名義をとるために民事訴訟をする必要はなく、いきなり、その動産の差押えを裁判所に申立てることができるのです。

4.物上代位とは

 しかし、売渡した商品がすでに第三者に転売されている場合には、もはや売渡した商品を差し押さえることはできません。
 そこで、民法は、債権者に対し、債務者が転売先に対してもつ代金債権に対しても先取特権を行使することを認めています(民法304条)。
 これを、物上代位といいます。

5.回収は一刻を争います

 物上代位によって先取特権を行使するためには、転売先が債務者に代金を支払う前にこれを差押えなければならないとされており(民法304条但書)、債務者が転売先から代金を受け取ってしまったら、もはや動産売買先取特権を行使することはできません。
 そのため、動産売買先取特権によって債権を回収しようとするのであれば、遅くとも債務者が転売先から代金を受け取る前に、差押えの手続を完了していなければなりません。
 企業としては、同種事件の経験があり、迅速に対応できる弁護士を選択することが重要です。

6.実務上の問題点

 迅速に動産売買先取特権を行使する上で、実務上問題となる点は、商品の同一性です。
 発注書、請書、納品書等の資料が揃っている場合は問題が少ないのですが、業界によっては、発注書の形式が会社ごとに区々であったり、そもそも、発注書、請書が授受されていない業界も存在します。
 このようなケースでは、債権者が販売した商品と債務者が転売した商品の同一性が書類上明らかにならず、製品の規格や寸法、重量等から、商品の同一性を立証する作業が必要となります。
 この作業は、企業の担当者と弁護士が互いに迅速に対応し、数日のうちに何度も打合せを繰り返さなければできない作業であり、それだけに、「企業と弁護士の協同」という企業法務の基本が問われる事件類型です。

弁護士 馬場陽
(愛知県弁護士会所属)

※ 2015年6月11日現在施行されている法令に基づく解説です。

退職従業員への貸付金を給与・退職金と相殺する方法

従業員貸付金を給与・退職金と相殺するためには従業員の同意が必要。

1.相殺は禁止されている

福利厚生の一環として、会社が従業員に金銭の貸付けをすることがあります。
従業員が退職するとき、会社によっては、貸付金と未払賃金や退職金を相殺して処理することがあるようですが、少し注意が必要です。
労働基準法は、賃金全額払い原則を定めており(労基法24条)、一方的な相殺は、これに反するおそれがあるからです。

2.同意があれば相殺できる

とはいえ、法律が禁止しているのは、あくまでも「一方的な」相殺です。
労基法24条は、会社と従業員の間の自由な意思に基づく相殺合意がある場合にまで、相殺を禁止する規定ではありません(最判平成2年11月26日民集44巻8号1085頁)。
そこで、退職まで視野に入れて貸付けをする場合には、予め、借用書に相殺を承諾する文言を入れておくとか、貸付の段階で、退職する時は給与との相殺を希望する旨の記載のある書面を差し入れてもらうとよいでしょう。
そして、実際の退職時にも、相殺に同意する書面をもらっておくと、安全です。

3.親睦会貸付金

会社によっては、会社自身ではなく、従業員親睦会等の親睦団体が従業員に金銭を貸付けていることがあります。
このとき、貸主と借主は親睦団体と従業員ですから、会社は金銭消費貸借取引の当事者ではありません。
そのため、従業員と親睦団体の間でどのような取り決めをしても、会社は、従業員に対して賃金の直接・全額払いの義務を負っていることになります。
例えば、会社と親睦団体の関係が良好な場合、会社としては、従業員に未払給与・退職金を支払うかわりに、その従業員が借りている親睦団体への借入金を弁済してあげたいと考えます。 しかし、親睦団体からの借入を会社が弁済することは、賃金の直接払いの原則(労基法24条)に反して許されません。従業員の同意・指図があっても許されないとするのが判例です(最判昭和43年3月12日民集22巻3号562頁参照)。
 したがって、会社は、従業員への親睦団体への借入を返済してあげても、この従業員から賃金を請求されれば、いったんは給与を全額支払わなければならない、という不合理な結果におちいります。

 このような不合理な結果に陥らないため、会社は、その従業員にいったん退職金を交付し、そこから従業員が親睦団体に弁済するという流れを手当てしておく必要があるのです。

4.親睦団体は利害関係人として参加を

さて、従業員との間で退職をめぐるトラブルが発生したときは、示談交渉や労働審判、労働訴訟の中で一緒に貸付金の解決を図ることを考えます。
このとき、会社と従業員の間の貸し借りであれば、当事者間の合意で和解を成立させることができます。
しかし、親睦団体から従業員への貸付金があるような場合、親睦会は退職をめぐる労働事件の当事者ではありませんから、親睦団体にも、利害関係人として話し合いや裁判手続に参加してもらう必要があります。

5.弁護士の活用を

さて、無事に合意が成立したとして、次に、示談交渉であれば和解契約書、労働審判・労働訴訟であれば、調停・和解条項の作成をしなければなりません。その過程では、会社の利害得失を正確に見極めながら、労働法上も適法な条項を作成する能力が要求されます。
とくに、利害関係人として親睦団体が参加しているような事案では、賃金支払や退職をめぐる労働実体法の知識のほかに、債権譲渡、債務引受、求償、代位、相殺といった債権法の正確な理解が求められます。また、これらの複雑な取引に関する税務の基礎的な知識も必要です。

このように、従業員貸付金をめぐるトラブルは、一見単純に見えますが、実際には、法律専門家の手腕が問われる難度の高い複雑な事件類型です。社内の法務部門のほか、労働法・債権法に精通した弁護士と十分協議しながら解決を図られることを推奨いたします。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

2015年5月17日現在の法令に基づく解説です。

中小企業の社長が知っておきたい自主退職、解雇、合意退職の違い

リスクの高い解雇よりも、合意退職を推奨します。

1.退職の種類

 従業員の退職には、大きく分けて、

  1. )自主退職(辞職)
  2. )解雇
  3. )合意退職

の三種類があります。同じ退職でも、それぞれ法規制の内容や雇用保険法における退職従業員の取扱い等が異なりますので、従業員の退職にあたっては、これらの点に注意して手続を選択することが必要です。

2.自主退職(辞職)

 従業員の一方的意思表示によって労働契約を終了させることを、自主退職(辞職)といいます。
期間の定めのある労働契約の従業員は、やむを得ない事由がある場合、従業員は直ちに労働契約を解約することができます(民法628条)。
 期間の定めのない労働契約の従業員は、いつでも退職の申入れをすることができますが、原則として2週間前の告知が必要です(民法627条1項)。「原則として」というのは、例えば月給制の従業員や年俸制の従業員については、2週間よりもさらに早い時期の告知を要するとされているからです(同条2項、3項)。
 従業員からの適法な退職の意思表示があった場合、会社は、これを拒否することはできません。このことを、「辞職の自由」といいます。

3.解雇

 会社の一方的意思表示によって従業員を退職させることを、解雇といいます。解雇には、

  • (ア)傷病や勤務能力の不足等を理由とする普通解雇
  • (イ)非違行為(ルール違反)を理由とする懲戒解雇
  • (ウ)経営不振による人件費削減のための整理解雇

があり、それぞれについて解雇が有効となる要件が異なります。
 従業員に「辞職の自由」があるといわれるように、会社にも「解雇の自由」があるといわれますが、我が国の判例及び労働法制は、使用者の「解雇の自由」を厳しく制限する方向で発展してきました。
 その最たるものが、解雇権濫用法理と呼ばれる考え方です。解雇権濫用法理は、はじめ下級審、次いで最高裁によって認められ、長らく労働判例を支配してきましたが、ついに、平成15年の労働基準法改正、平成19年の労働契約法制定によって、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法16条)という条文に明文化されています(解雇についての考え方を知りたい方は、「中小企業の社長が解雇で気をつけること」をご覧ください)。

4.合意退職

 会社と従業員の合意によって退職することを、合意退職といいます。合意退職は、退職条件を合意によって柔軟に定められることや、互いの合意の下で退職がすすめられることから、後日、紛争になりにくいのが特徴です。
 しかし、互いの合意が成立しなければ効力を生じないのが難点で、仮に合意が成立したとしても、後日紛争とならないよう、合意した内容を互いに誤解のない表現で文書に起こせるかどうかといった技術的問題がありますので、法律専門家の関与の下に退職合意書を作成することを推奨いたします。

弁護士 馬場陽
(愛知県弁護士会所属)

2015年5月17日現在の法令に基づく解説です。