動産の売主であれば、転売代金の差押えまで考える。
1.取引先の倒産は最大のリスク
企業にとって、取引先の倒産は最大のリスクです。仕入先(調達先)、売掛先(納品先)の倒産は、企業の酸素、企業の血液ともいうべき「モノ、カネ」の流れを瞬時に止めてしまいます。
取引の規模によっては、取引先の倒産は、企業が連鎖倒産を意識する緊張の瞬間です。
今回は、取引先の倒産の中でもとくに相談の多い、売掛金の回収について、商社、メーカーの場合を想定して解説します。
2.通常の回収手段
債務者が任意に弁済しない(できない)場合、通常、売掛金を回収するためには、民事訴訟を提起して債務名義(通常の場合は確定判決)をとり、債務名義に基づいて強制執行をしなければなりません。
しかし、こうしたケースでは、債務者に財産がないのが普通ですから、裁判をしている間になけなしの財産が散逸してしまい、強制執行の段階では、すでに差し押さえるべき財産がないということも少なくありません。
こうしたリスクを避けるために、民事保全法は、仮差押等の保全手続を用意していますが、仮差押をしていても、強制執行が完了する前に債務者が破産してしまえば、売掛金について担保をとっているような例外的な場合でない限り、債務者のなけなしの財産を他の債権者と按分して、僅かな配当を受け取るのが精一杯です。
3.動産売買先取特権とは
そこで、商社やメーカー等、製品の売主から依頼を受けた弁護士は、動産売買先取特権による差押えの手続を検討しなければなりません。
先取特権(さきどりとっけん)とは、法律が定めている担保物権の一種で、とくに、動産の売主が、自分が販売した動産(商品)から優先的に売掛金の弁済を受けられるというものを、動産売買の先取特権と呼んでいます(民法311条5号、321条)。
この場合、債権者である売主は、債務名義をとるために民事訴訟をする必要はなく、いきなり、その動産の差押えを裁判所に申立てることができるのです。
4.物上代位とは
しかし、売渡した商品がすでに第三者に転売されている場合には、もはや売渡した商品を差し押さえることはできません。
そこで、民法は、債権者に対し、債務者が転売先に対してもつ代金債権に対しても先取特権を行使することを認めています(民法304条)。
これを、物上代位といいます。
5.回収は一刻を争います
物上代位によって先取特権を行使するためには、転売先が債務者に代金を支払う前にこれを差押えなければならないとされており(民法304条但書)、債務者が転売先から代金を受け取ってしまったら、もはや動産売買先取特権を行使することはできません。
そのため、動産売買先取特権によって債権を回収しようとするのであれば、遅くとも債務者が転売先から代金を受け取る前に、差押えの手続を完了していなければなりません。
企業としては、同種事件の経験があり、迅速に対応できる弁護士を選択することが重要です。
6.実務上の問題点
迅速に動産売買先取特権を行使する上で、実務上問題となる点は、商品の同一性です。
発注書、請書、納品書等の資料が揃っている場合は問題が少ないのですが、業界によっては、発注書の形式が会社ごとに区々であったり、そもそも、発注書、請書が授受されていない業界も存在します。
このようなケースでは、債権者が販売した商品と債務者が転売した商品の同一性が書類上明らかにならず、製品の規格や寸法、重量等から、商品の同一性を立証する作業が必要となります。
この作業は、企業の担当者と弁護士が互いに迅速に対応し、数日のうちに何度も打合せを繰り返さなければできない作業であり、それだけに、「企業と弁護士の協同」という企業法務の基本が問われる事件類型です。
弁護士 馬場陽
(愛知県弁護士会所属)
※ 2015年6月11日現在施行されている法令に基づく解説です。