名古屋の企業法務、離婚、相続、交通事故は、外堀法律事務所(弁護士 馬場陽)愛知県弁護士会所属

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契約

不動産オーナーと入居者のための原状回復の考え方

不動産賃貸借契約における原状回復トラブルを解決するためには、ガイドラインの考え方を理解することが大切です

1.敷金の返還と原状回復をめぐるトラブル

 賃貸住宅のオーナー、入居者ともに多いご相談として、敷金の返還と原状回復をめぐるトラブルがあります。
 原状回復の対象、範囲、金額は、主として退去時に問題となるため、入居時には、互いにあまり注意を払わず、互いの良心を信頼して安易に契約したり、退去時のことはなかなか言い出しにくく、きちんとしなくてはいけないとわかっていても、つい後回しにしてしまいがちです。
 そのため、退去時になって、契約の内容や損耗・毀損の有無等について、当事者の認識が一致せず、トラブルに発展することが多いように思われます。  

2.原状回復ガイドラインとは

 賃借人の原状回復義務を考えるうえで最も基本となる資料は、国土交通省(旧建設省)の「原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン」です。
 1998年に公表され、その後の理論の発展と経済情勢の変化をふまえて二度の改訂がなされています。
 このガイドラインは、あくまでも一般的な基準であり、法的拘束力を持つものではありません。
 しかし、このガイドラインの策定にあたっては、多くの裁判例や取引事例が参考にされており、不動産実務に携わる当事者や法律家にとって、必ず参照しなければならない資料であるといえます。

3.原状回復ガイドラインの考え方

 このガイドラインでは、建物価値の減少を

  1. ①-A 建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)
  2. ①-B 賃借人の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)
  3. ② 賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損

 の三種類に分類し、「原状回復」とは②の回復・復旧をいうと定義しています。
 このことは、経年変化や通常損耗について、賃借人は原状回復義務を負っていない、という言い方で説明することもできます。
 1つ例をみてみましょう。
 オーナーのAさんが耐用年数6年の設備を設置してから2年経過した頃に賃借人Bさんが入居し、1年後にBさんが退去したとします。
 Bさんが、当該設備を「故意・過失、善管注意義務違反」により毀損した場合、Bさんは、退去時に原状回復義務を負います。しかし、すでにこの設備については耐用年数の半分が経過しています。そこで、Bさんは、当該設備の残存価値である約50%を限度として、原状回復費用を負担することになります。
 もっとも、設備によっては、経過年数を考慮するのが適切でない場合もあります。
 例えば、耐用年数を超えても十分使用できている物を賃借人が壊した場合、賃借人は復旧の義務を免れるわけではありませんし、毀損による価値の減少が大きい消耗品等については、毀損の程度によらず全部交換が普通ですので、耐用年数の考え方をそのままあてはめるのは適切ではありません。
 前者については復旧費用が、後者については交換費用の全額が、原状回復の対象となる場合が多いものと考えられます。

4.具体例

 それでは、「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン(再改訂版)」別表一、別表二から、具体例をみてみましょう。

(1)壁、天井のクロス

 壁、天井のクロスについては、テレビや冷蔵庫の電気ヤケ、ポスターの画鋲、エアコンのビス穴、日照による変色などが通常損耗とされています。
 結露を放置して生じたカビ、タバコのヤニ、タバコ臭、釘穴、ネジ穴、落書などは、通常損耗とはいえず、原状回復の対象となります。動物のし尿や爪による破損、汚損も、通常損耗とは言い難く、原状回復が必要な損耗・毀損といえるでしょう。
 クロスの耐用年数は6年、補修の範囲は平方メートル単位が原則とされています。
 しかし、つぎはぎが目立つような場合には、壁・天井の一面までは、賃借人に原状回復義務を負わせることも不当でないと考えられています。

(2)床のフローリング、カーペット、クッションフロア、畳床

 ワックスがけ、家具の設置によるへこみ、変色などは、通常損耗とされています。
 引っ越しの際のひっかきや、食べこぼしを放置して発生したシミ、カビ、(雨が吹き込むのを放置したなどの)不注意による色落ち、落書きなどは、通常損耗とはいえず、原状回復の対象となります。
 カーペット、クッションフロア、畳床の耐用年数は6年、補修範囲は、カーペット、クッションフロアなら1部屋単位、畳床なら1枚単位です。
 フローリングには耐用年数はなく、補修は1平方メートル単位で行います。耐用年数を考慮しないのは、平方メートル単位で新調してもフローリングの価値が向上しないからで、破損箇所が複数にわたり全体の張替が必要な場合などは、建物の耐用年数を参考にしてこれを考慮するのが適切です。  

(3)畳表、襖、障子

 消耗品であり、減価償却資産とならないので、耐用年数は考慮されません。
 汚損、毀損がある場合には、張替費用は賃借人の負担と考えられています。
 いずれも1枚単位での補修が原則ですが、襖の模様合せを行う場合は、居室全体の張替が必要になることもあるでしょう。

5.通常損耗補修特約がある場合

 以上は、通常損耗の補修を賃借人に負担させる特約(通常損耗補修特約)がない場合の考え方です。
 通常損耗補修特約がある場合には、通常損耗であっても、賃借人が補修費用を負担しなければならない場合が出てきます。
 しかし、ここでも、特約があれば、常に通常損耗の補修を賃借人に負担させることができるかというと、そういうわけではありません。
 最判平成17年12月16日(判タ1200号127頁)は、不動産賃貸借契約書の中に、通常損耗の補修費用を賃借人に負担させる旨の条項が含まれていた事案でしたが、最高裁は、通常損耗補修特約の内容が具体的に明記されていないとして、特約の成立を否定しました。
 その後の下級審でも、最高裁と同じ理屈で特約の成立を否定したり、消費者契約法10条により特約を無効にするなどして、特約の成立および有効性を限定的に解するものが続きました。
 そこで、近年は、これらの裁判例をふまえて、不動産オーナーも賃貸借契約書の研究・改良を重ね、賃借人の負担範囲を相当具体的に定める書式も多く見られるようになりました。
 賃借人の負担の範囲が一義的に明確である場合や、賃借人が事業者であるために消費者契約法の適用がないような場合には、通常損耗補修特約の成立及び有効性が認められることも十分あり得るものと考えられます。

6.トラブルを未然に防止するには

 いずれにしても、長くお付き合いのあったオーナーさんや入居者さんとトラブルになるのは、互いに気持ちのいいものではありません。
 契約締結・入居の段階から、確認リストやチェックシートを利用して物件の状態を明らかにしておくとか、賃貸借契約書に原状回復の対象、範囲、金額の目安を明記するなどして、トラブルを未然に防止する努力をしたいものです。
 退去・明渡しにあたっても、賃貸人、賃借人の立会のもと、確認リストやチェックシートを利用し、図面や写真を利用して、退去時の損耗状況を客観的に保全しておくことが大切です。

* この記事の作成にあたっては、国土交通省住宅局「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブル事例とガイドライン(再改訂版)」(2011年8月)を参照しました。

※2015年6月29日現在施行されている法令に基づく解説です。

弁護士 馬場 陽
(愛知県弁護士会所属)

契約書作成時の注意点

契約書作成時は、債務内容の特定に特に注意する。

1 契約書を作る目的

 最近、企業間取引における契約書の重要性が認識されるようになってきました。ひとたびトラブルが発生したときに、契約書は強力な武器となります。取引当事者間の信頼関係が強い業界では、まだまだ契約書が作成されないことも多いようですが、最近はむしろ、企業同士が互いに信頼し、安心して履行を行うために契約書を作成することが推奨されています。

 そこで今回は、契約書作成時の注意点について解説します。

2 契約の当事者

 まず、契約の当事者が正しく表記されているかが重要です。意思自治の原則から、契約は、合意に参加した当事者しか拘束することができません。そこで、契約の効果を及ぼしたい当事者の名称がきちんと表示されているかを確認しておく必要があります。

 契約の当事者がきちんと表示されている場合、次に、契約書の署名者又は捺印者が、当事者から正しく授権されているかが重要です。法人の場合、代表者であれば代表権がありますが、代表者でない者や本人でない者が署名又は捺印する場合が問題です。

 このような場合、代理権・代表権の有無は、民法、商法、会社法等の規定によって定まります。例えば、支配人であれば特定の営業所の業務全般について代理権があるとされ(商法21条、会社法11条)、本店の営業部長であれば、本店の営業に関する代理権があるものと考えられます(商法25条、会社法14条)。

3 契約内容の特定

 次に、契約内容の特定です。その契約により、誰が、誰に対し、どのような債務を負うのかということが一義的でわかりやすいのが好ましい契約書です。

 債務の内容が何かということは、当事者はどのような場合に瑕疵担保責任(民法570条等)や債務不履行責任(民法415条)を負わなければならないかという問題と表裏の関係にあります。

 契約書の文言から、自社は何をどこまでやれば契約違反といわれなくて済むのか、取引先の履行がどの程度の水準であれば返品ができ、どんな事情があれば契約を解除できるのか、こうした重要な事柄が、債務の内容によって定まります。

 しかし、複雑な取引社会で行われている契約上の債務の内容を文章で正確に表現するのは、実際には容易ではありません。契約書に使用される用語の意味を正しく理解していなかったり、どちらとも読めるような多義的な用語を用いたことで、契約書の解釈をめぐってトラブルになることも珍しくありません。こうしたトラブルを回避するためには、業界の言語をいったん市民社会の共通言語である法律用語に変換してから契約書を作成する必要がありますが、これには一定の法的素養が必要です。

4 契約の有効性等

 こうして、契約の内容が定まっても、定められた契約の内容が公序良俗に反していたり(民法90条)、およそ実現不可能であるなどの場合には、その限りで契約の効力が認められません。これは、契約の有効要件といわれる問題です。

 また、私法上契約が有効とされる場合でも、債務の内容が経済法、環境法等の諸法令に違反している場合には、これを履行し又は履行させることが禁止や制裁の対象となり得ます。弁護士や管轄の官庁に問い合わせるなどして、リスクを回避することが大切です。

弁護士 馬場 陽

(愛知県弁護士会所属)

※2015年5月2日現在施行されている法令に基づく解説です